COLUMN

痛みは「どこにある」のか——慢性疼痛の神経科学と、デカルトが見落とした脳の能動性

デカルトは1664年の著作『人間論』において、痛みを一種の機械論的伝達として描いた。足が炎に触れると、その刺激は神経という「紐」を伝って脳の松果体に届き、松果体が動揺することで痛みの感覚が生じる——。この比喩は驚くほど直感的であり、今日においても多くの人が「痛みとは末梢から脳へ向かう一方向の信号である」と暗黙に信じている。傷が大きければ痛みは強く、傷がなければ痛みはない。この等式はほとんど自明のように感じられる。

しかし現代の神経科学はこの直感を根本から覆す。痛みとは末梢から届く信号の受動的な「受信」ではなく、脳が積極的に「構築する」出力である。その証拠として最も鮮烈なのが幻肢痛であり、切断されて存在しない四肢から強烈な痛みが生じるという現象は、痛みが「末梢の損傷の反映」ではなく「脳の予測的モデリングの産物」であることを示す。ヴィラヤヌル・ラマチャンドランが鏡療法の根拠として提示したこの観察は、痛みの哲学を末梢から脳へと決定的に移動させた。

慢性疼痛はこの文脈においてさらに重要な問いを提起する。器質的損傷が修復された後も持続する痛み、あるいは画像所見と全く対応しない痛みの分布——これらは「嘘の痛み」や「心因性」という言葉で長らく片付けられてきた。だがその解釈は科学的に不正確である。慢性疼痛における痛みは、急性疼痛と同じ神経基盤を持ち、患者にとって紛れもなく本物の、しかし発生源が脳内に内在化した痛みである。本稿ではこの命題を、疫学・神経科学・診断論・治療論の四軸から検証する。

慢性疼痛とは何か——定義と分類の変遷

国際疼痛学会(IASP)は1979年の初期定義において、疼痛を「実際のまたは潜在的な組織損傷に関連した、あるいはそのような損傷として表現される不快な感覚的・情動的体験」と定義した。この定義の核心は「または」の接続詞にある。痛みは組織損傷の存在を必要としない。感覚と情動の複合体として定義されたこの概念は、慢性疼痛の理解の出発点である。

2020年にIASPは定義を改訂し、「実際のまたは潜在的な組織損傷に起因する、あるいはそのように表現される不快な感覚的および情動的体験」とした。さらに同年、ICD-11において慢性疼痛の独立した分類が初めて設けられた。ICD-11では慢性疼痛を3か月以上持続する疼痛と定義し、以下の7カテゴリに分類している。

  • 慢性一次性疼痛(Chronic Primary Pain):線維筋痛症、慢性広汎性疼痛、過敏性腸症候群など
  • 慢性がん関連疼痛
  • 慢性術後・外傷後疼痛
  • 慢性神経障害性疼痛
  • 慢性頭痛・口腔顔面痛
  • 慢性内臓痛
  • 慢性筋骨格系疼痛

この分類において特に重要なのは「慢性一次性疼痛」の概念的独立である。従来「原因不明の疼痛」として周辺化されていた病態群が、独立したカテゴリとして正式に認められたことは、痛みを末梢損傷の関数として捉える旧来のモデルからの決定的な離脱を意味する。

疫学——数字が示すこと

慢性疼痛の世界的有病率は、定義や測定方法によって幅があるが、成人人口の20〜30%と推定されており、一般的に引用される数値はおよそ20%である。Raffaeli & Arbarboの2010年のレビューでは、欧州における有病率は19%とされ、Treede et al.(2015)の推計では全世界で約15〜20億人が何らかの慢性疼痛を抱えているとされる。

日本においては、慢性疼痛疾患対策研究班の調査(2010年)によれば、人口の約22.5%にあたる推計2,300万人以上が慢性疼痛を持つとされ、そのうち約200万人が日常生活に重大な支障をきたしている。国立長寿医療研究センターのデータでは、65歳以上における有病率はさらに上昇し、30〜40%に達するとされる。

性差については、一般に女性における有病率が男性より高い。線維筋痛症においては女性対男性比が7:1〜9:1と顕著であり、片頭痛も女性に約3倍多い。この性差の生物学的基盤には、エストロゲンによる疼痛感受性の調節、μオピオイド受容体の性差、脊髄後角における疼痛信号処理のHPA軸との相互作用などが関与すると考えられている。

発症年齢は疾患によって異なるが、慢性一次性疼痛の多くは30〜50代に発症ピークを持ち、線維筋痛症の平均発症年齢は約35歳とされる。慢性疼痛の経済的損失は日本だけで年間約2.3兆円(医療費・労働損失の合計)と推計されており、抑うつ・不安障害との高率な合併(それぞれ約40〜50%)が予後を著しく悪化させる。

脳内で何が起きているのか——神経科学的機序

慢性疼痛の神経科学を理解するうえで最も根本的な概念が中枢感作(central sensitization)である。Woolf(1983)によって初めて記載されたこの現象は、脊髄後角のニューロンが持続的な侵害刺激により興奮性を増大させ、通常では痛みを生じない刺激(アロディニア)や閾値以上の刺激に対して過大な反応(痛覚過敏)を示す状態を指す。

分子レベルでは、グルタミン酸受容体の一種であるNMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸)受容体の活性化が中心的役割を担う。慢性的な侵害刺激によりNMDA受容体のマグネシウムブロックが解除され、カルシウムイオンの大量流入が起こる。これがプロテインキナーゼCの活性化・AMPA受容体の膜移行・シナプス可塑性の増強(LTP様変化)をもたらし、脊髄後角ニューロンの恒常的な過興奮状態を維持する。この機序はヘッブの法則が疼痛回路において病的に適用された状態と捉えることができる。

脳の上位中枢においては、下行性疼痛抑制系の機能不全が慢性疼痛の維持に寄与する。正常では、中脳水道周囲灰白質(PAG)から延髄吻側腹内側部(RVM)を経由して脊髄後角に至る下行性抑制系が、侵害刺激の処理を調節する。この系はセロトニン・ノルアドレナリンを主要な神経伝達物質として用いるが、慢性疼痛状態ではこの下行性抑制が著しく減弱し、代わりに下行性促進系が優位となることが示されている。線維筋痛症患者において脳脊髄液中のサブスタンスPが約3倍に上昇し、セロトニン・ノルアドレナリンの前駆体レベルが低下しているという知見はこの機序と整合する。

神経画像研究はさらに具体的な脳構造変化を示す。慢性腰痛患者において、前頭前皮質(PFC)の灰白質体積の減少が健常対照と比較して有意に多く観察されており、その程度は疼痛の持続期間と相関する(Apkarian et al., 2004)。この灰白質の喪失は可逆的であり、疼痛が緩解すると部分的に回復することが示されている。島皮質(インスラ)・前帯状皮質(ACC)・扁桃体を含む「疼痛マトリクス」の過活動、およびデフォルトモードネットワーク(DMN)と侵害受容ネットワークとの病的な機能的結合増大も慢性疼痛の神経画像的特徴として繰り返し報告されている。

ダマシオのソマティック・マーカー仮説の枠組みで慢性疼痛を捉えると、興味深い解釈が生まれる。身体状態の予測的表象が意思決定に参与するというこの仮説において、慢性疼痛は「身体からのシグナルの正確な反映」ではなく、「予測的処理モデルが過剰修正されて生成する誤った体内感覚表象」として位置づけられる。カール・フリストンの予測的コーディング(predictive coding)理論の観点からは、慢性疼痛は脳が「末梢からの信号」と「事前予測」の誤差を処理する際に、事前予測の精度を過大評価した結果として生じる、と解釈できる。これは慢性疼痛が「末梢の問題」である以上に「脳の推論の問題」であることを示唆する。

診断論——鑑別すべき疾患と診断のアーキテクチャ

慢性疼痛の診断においては、まず器質的疾患を丁寧に除外することが前提となるが、「器質的原因がない=心因性」という二分法は臨床的に誤った枠組みである。ICD-11における慢性一次性疼痛の概念は、この二分法を明示的に否定している。

鑑別疾患 主要な鑑別ポイント 鑑別に有用な検査
変形性関節症・椎間板ヘルニア 画像所見と症状の対応を確認。所見あっても無症状例多数 MRI、X線、神経学的所見
関節リウマチ・膠原病 朝のこわばり・対称性・関節外症状 RF、抗CCP抗体、ANA、炎症マーカー
神経障害性疼痛(帯状疱疹後神経痛等) 灼熱感・電撃様・デルマトームに沿う分布・DN4スコア 皮膚生検(神経線維密度)、定量的感覚検査
線維筋痛症 3か月以上の広汎性疼痛・WPI≧7かつSS≧5またはWPI 4〜6かつSS≧9(2016年ACR基準) 臨床診断(除外検査として炎症マーカー)
うつ病・身体症状症 疼痛への過度な思考・時間・エネルギーの集中、PHQ-9・PCS評価 PHQ-9、GAD-7、PCS(疼痛破局化尺度)
薬物乱用頭痛 鎮痛薬使用月15日以上・3か月以上継続 詳細な薬剤使用歴

線維筋痛症の診断基準については、2016年改訂ACR基準(Wolfe et al., 2016)が現在の標準である。広汎性疼痛指数(WPI)と症状重症度スコア(SS)の組み合わせにより診断され、WPI≧7かつSS≧5、またはWPI4〜6かつSS≧9を満たし、3か月以上持続する場合に診断される。この基準は他疾患の合併を排除しないため、他の慢性疼痛疾患と線維筋痛症が共存することも多い。

ポイント:慢性疼痛における画像所見の「陽性」は診断的確証ではなく、無症状の健常者でもMRIによる椎間板変性の検出率は40歳代で約50%、60歳代で約70%に達する(Brinjikji et al., 2015)。画像所見と疼痛症状の直接対応を前提とした解釈は誤診の温床となる。

症状の解剖学——精神症状・身体症状・認知的側面

慢性疼痛の症状は疼痛そのものに留まらず、多層的な症状群として表れる。これを一次症状・二次症状・認知行動的症状に分けて整理することが臨床的に有用である。

一次症状(疼痛そのもの)

  • 持続性鈍痛・灼熱痛・深部痛(侵害受容性疼痛)
  • 電撃様・刺すような痛み、異常感覚(神経障害性疼痛成分)
  • アロディニア(通常では無害な刺激による疼痛誘発)
  • 痛覚過敏(閾値以上の刺激への過大反応)
  • 疼痛の時間的加重(wind-up現象)

二次症状(疼痛に起因する全身症状)

  • 睡眠障害(入眠困難・中途覚醒・熟眠感欠如):慢性疼痛患者の50〜80%に合併
  • 疲労感・慢性倦怠感
  • 自律神経症状(発汗異常・消化器症状・心拍変動低下)
  • 認知機能低下(「ファイブロフォグ」:集中力低下・記憶障害・思考速度の低下)
  • うつ状態・不安(疼痛とうつは双方向的に増悪させ合う)

認知行動的症状

  • 疼痛破局化(Pain Catastrophizing):「この痛みは耐えられない」「永遠に続く」という認知的歪み
  • 疼痛恐怖回避(Fear-Avoidance):運動・活動の回避による廃用と慢性化
  • 自己効力感の低下:「自分では痛みをコントロールできない」という学習性無力感

Sullivan et al.が開発した疼痛破局化尺度(PCS)のスコアは、慢性疼痛の予後を強力に予測することが示されており、術後疼痛の慢性化予測においてもPCS高スコアは独立したリスク因子である。この認知的変数が神経生物学的変数と同等以上の予後予測力を持つという事実は、疼痛が純粋に「末梢の問題」でないことを示す強力な証拠である。

治療アプローチ——エビデンスの地図

薬物療法

慢性疼痛に対する薬物療法のエビデンスは疾患ごとに異なるが、主要な治療薬と根拠強度を以下に示す。

薬剤クラス 代表的薬剤・用量感 主な適応疼痛 エビデンスレベル
SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬) デュロキセチン 60〜120mg/日、ミルナシプラン 100〜200mg/日 線維筋痛症、慢性腰痛、糖尿病性神経障害性疼痛 Level A(複数のRCTで有効性確認)
三環系抗うつ薬(TCA) アミトリプチリン 10〜75mg/日(低用量) 神経障害性疼痛、線維筋痛症、慢性頭痛 Level A(神経障害性疼痛ガイドライン第一選択)
α2δリガンド(プレガバリン・ガバペンチン) プレガバリン 150〜600mg/日(分2〜3) 神経障害性疼痛、線維筋痛症 Level A(NNT 3.9〜7.7)
局所麻酔薬系(リドカインパッチ・外用薬) リドカインパッチ 5% 帯状疱疹後神経痛(局所型) Level B
弱オピオイド(トラマドール) トラマドール 100〜400mg/日 中等度慢性疼痛(他剤無効例) Level B(長期使用の乱用・依存リスクに注意)
NSAIDS・アセトアミノフェン アセトアミノフェン 最大4000mg/日 侵害受容性疼痛(急性〜亜急性期) 慢性疼痛への長期単独使用はエビデンス限定的

デュロキセチンはセロトニン・ノルアドレナリン再取り込みを阻害することで、前述の下行性疼痛抑制系(PAG-RVM経路)の機能を増強する作用機序を持つ。線維筋痛症に対する複数のRCT(Arnold et al., 2004, 2005)では、プラセボと比較して疼痛スコアの有意な改善が示されており、FDA承認疾患(線維筋痛症・糖尿病性末梢神経障害性疼痛・慢性筋骨格系疼痛)としての地位を確立している。

重要な点として、強オピオイドの慢性疼痛に対する長期使用は現在のガイドラインにおいて慎重姿勢が主流である。2022年のCDC(米国疾病予防管理センター)慢性疼痛オピオイド処方ガイドラインは、慢性疼痛に対するオピオイドの継続使用における便益とリスクの再評価を求め、非オピオイド療法を原則的に優先することを推奨している。

心理療法

認知行動療法(CBT)は慢性疼痛に対して最も強固なRCTエビデンスを持つ心理療法である。Williams et al.(2012)によるコクランレビューでは、CBTは疼痛強度・障害度・気分・破局化に対して、治療直後・フォローアップ双方において有意な改善効果を示した。効果量は中等度(Cohen's d 0.3〜0.5)であり、単独では限定的だが、集学的治療の中核として機能する。

近年注目されているのが受容とコミットメント療法(ACT)である。慢性疼痛に対するACTは、疼痛の消去ではなく「疼痛との共存」「心理的柔軟性の獲得」を治療目標とする。Vowles et al.(2014)のメタ分析では、ACTは疼痛関連障害・うつ・不安に対して有意な改善を示した。ACTの機序は、脱フュージョン(思考との距離化)と価値に基づく行動活性化によって、疼痛恐怖回避の悪循環を断つ点にある。

マインドフルネスに基づくストレス低減法(MBSR)も慢性疼痛に対するRCTが蓄積されている。Cherkin et al.(2016)の無作為化試験では、慢性腰痛に対するMBSRは通常治療と比較して26週時点で機能障害・疼痛の有意な改善を示した(相対改善率43%対26%)。神経画像研究では、MBSR実践者において前帯状皮質・島皮質の疼痛処理パターンの変化が観察されており、「観察者としての脳」を育てることで疼痛の情動的次元を脱カップリングする機序が示唆される。

また、集学的疼痛リハビリテーションプログラム(IMPT)は薬物療法・心理療法・理学療法・作業療法を統合した多職種アプローチであり、単一療法と比較して疼痛・機能・就労復帰において優れた長期成績を示す(Gatchel et al., 2014)。

神経調整的アプローチ

脊髄刺激療法(SCS)は難治性神経障害性疼痛・複合性局所疼痛症候群(CRPS)に対してLevel A〜Bのエビデンスを持ち、植込み型電極により脊髄後角の疼痛信号処理を電気的に調節する。また、反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)および経頭蓋直流電気刺激(tDCS)は慢性疼痛に対する非侵襲的脳刺激療法として研究が進んでおり、一次運動野(M1)への高周波rTMSが慢性神経障害性疼痛に対して有意な疼痛軽減を示すメタ分析が複数報告されている(Lefaucheur et al., 2020)。

現代社会との接点——慢性疼痛と労働・組織の交差点

産業医学の観点から、慢性疼痛は職場において不可視化されやすい病態である。うつ病や不安障害と比較して、疼痛を主訴とする労働者は「怠け」や「仮病」という偏見にさらされやすく、その偏見自体が疼痛の心理社会的増悪因子として機能する。Lintonらの研究(2005)では、職場における上司・同僚のサポート欠如が慢性腰痛の遷延化の独立した予測因子であることが示されている。

心理社会的リスク因子として、職場における「高負荷・低裁量」構造(カラセックのデマンド・コントロールモデル)が慢性疼痛の発症・遷延化に寄与することが疫学的に示されている。慢性疼痛を抱えながら就労する従業員は「プレゼンティーイズム(presenteeism)」として可視化されることが多く、その生産性損失は欠勤による損失を上回るとされる。Stewartらの試算では、慢性疼痛に伴うプレゼンティーイズムによる年間労働損失は欠勤の約4倍に達する。

Medi Faceでは、慢性疼痛を抱える従業員への対応において、「疼痛の真偽」を問う姿勢ではなく、機能障害の程度・就労支障の内容・心理社会的リスク因子の評価という三軸からの職場支援モデルを採用している。疼痛の中枢感作機序を理解した上で設計される職場環境の調整——業務負荷の段階的調整、心理的安全性の確保、早期専門介入——は、医学的治療と並列して作業療法的アプローチとして有効であり、慢性化防止の重要な介入点となる。

Z世代社員に特化した

Z産業医事務所

Z産業医事務所は、国内初のZ世代にあたる新入社員や若手社員のメンタルケアに特化した新しい産業医事務所です。AIドクターやオンライン面談システムを駆使して、都内にある本社から離島をはじめとした僻地や地方の支店・営業所も含めた全国のメンタル不調の社員様を24時間体制でフォローすることが可能です。

Z産業医事務所 公式Webサイト
Z産業医事務所

まとめ

  • 慢性疼痛は世界人口の約20%、日本では推計2,300万人以上が罹患する高頻度疾患であり、女性・高齢者に多い。
  • ICD-11は3か月以上持続する疼痛を慢性疼痛と定義し、「慢性一次性疼痛」という独立カテゴリを設けることで、器質的損傷に依存しない疼痛の正当性を公式に認めた。
  • 慢性疼痛の神経生物学的基盤は中枢感作(NMDA受容体依存性の脊髄後角可塑性変化)・下行性疼痛抑制系の機能不全・前頭前皮質の灰白質減少・デフォルトモードネットワークの機能的結合変化であり、「末梢の問題」ではなく「脳の問題」として理解される。
  • フリストンの予測的コーディング理論は、慢性疼痛を「脳の事前予測精度の過大評価から生じる誤った体内感覚表象」として解釈する枠組みを提供する。
  • 画像所見の「陽性」は疼痛の器質的原因の確証ではなく、40代健常者の約50%に椎間板変性所見が存在するため、症状との対応を慎重に評価する必要がある。
  • 薬物療法ではSNRI(デュロキセチン)・TCA(アミトリプチリン低用量)・α2δリガンド(プレガバリン)が下行性抑制系増強・中枢感作抑制機序に基づく有力な選択肢であり、強オピオイドの長期使用は現ガイドラインで慎重姿勢が主流。
  • 心理療法ではCBT・ACT・MBSRに複数のRCTエビデンスがあり、疼痛破局化・恐怖回避・自己効力感という認知行動的変数への介入が機能予後を改善する。
  • 産業医学的観点では、職場の心理社会的リスク(高負荷・低裁量・低サポート)が慢性疼痛の遷延化に寄与し、プレゼンティーイズムによる生産性損失は欠勤損失の約4倍に達するとされる。
  • 疼痛破局化尺度(PCS)スコアは疼痛の強度スコアと独立して予後を予測する重要な臨床指標であり、評価ルーティンへの組み込みが推奨される。

Closing Note

デカルトが松果体に痛みの座を置いた時、彼は心身二元論の論理的必然としてそうせざるを得なかった。延長する物体(res extensa)と思考する実体(res cogitans)の分離を前提とする哲学体系において、痛みは身体側の事象として処理されなければならなかった。だが現代神経科学が示す慢性疼痛の姿は、この二元論の終焉を意味する。痛みは末梢に発生して脳に「届く」のではなく、脳が身体世界のモデルとして「生成する」ものである。その生成が過剰になり、修正機構が失調した状態が慢性疼痛であるとすれば、慢性疼痛とは脳の予測システムが自己組織化の過程で陥る一種の「誤収束」として捉えることができる。

この認識は、慢性疼痛患者が長年さらされてきた「痛みに見合う傷がない」という暗黙の告発に対する、神経科学からの明確な応答である。傷がないことは、痛みが存在しないことの証明ではない。脳が生成した痛みは、末梢が生成した痛みと同じ神経基盤を持ち、同じ苦痛を生む。この事実の定着が、診断・治療・社会的理解の三つの領域において、慢性疼痛患者が受けるべきケアの質を根本から変えうる。

AIドクターのメンタルチェック

AIドクターの
メンタルチェック

AIドクターとのメンタルチェックは、5分〜10分程度です。AIドクターとお話ししながら、あなたのメンタルをチェックします。

AIドクターの診断を受けてみる
← コラム一覧へ

President Doctor

代表医師・著者

近澤徹

近澤 徹

Medi Face代表医師、精神科医、産業医

北海道大学医学部を卒業後、慶應義塾大学病院で研修を経て、名古屋市立大学病院の客員研究員として臨床と研究に従事。医師であり経営者として、医療とテクノロジーを融合させた次世代ヘルスケアを推進中。在学中に創業したMedi Face社では、オンライン診療システム「Mente」を開発し、全国の患者への診療サービスを提供。また、100社以上の企業にAIドクターを導入し、自身も産業医として社員のメンタルケアを日々支援している。「下医は病を治し、中医は民を治し、上医は世を治す」を信条に、医療の枠を超えてヒトと社会を診る。

鳳應会グループ — 関連サービス

MentalCheck職場のメンタルヘルスをオンラインでセルフチェックするサービス Z産業医事務所産業医・ストレスチェック・産業保健の専門機関 医療法人鳳應会北海道を拠点とする医療法人。精神科・産業保健・地域医療を提供