封入体筋炎
Inclusion Body Myositis, IBM
封入体筋炎(Inclusion Body Myositis, IBM)|封入体筋炎(Inclusion Body Myositis, IBM。正式には孤発性封入体筋炎 sporadic IBM)は、主に50歳以上の中高年に発症し、数年から十数年かけてゆっくり進行する後天性の筋疾患です。太ももの前面(大腿四頭筋)や手指を曲げる筋肉(深指屈筋)が左右差をもって弱くなるのが特徴で、転びやすさ、物のつかみにくさ、飲み込みにくさが生活に影響します。炎症と変性(異常タンパク質の蓄積)の両面をもつ病気で、ステロイドなどの免疫抑制療法がほとんど効かない点で、ほかの筋炎と大きく異なります。日本では指定難病(告示番号15)に指定されています。
封入体筋炎の要点
封入体筋炎は、50歳以上に多い後天性の筋疾患で、筋肉の炎症と異常タンパク質の蓄積による変性が併存し、太ももの前面や手指を曲げる筋肉が左右差をもって弱くなります。飲み込みにくさも起こり、ゆっくり進行し、免疫抑制療法が効きにくい日本の指定難病(告示番号15)です。
| 別名・略称 | 孤発性封入体筋炎、sporadic inclusion body myositis、sIBM、IBM |
|---|---|
| 分野 | 神経・筋疾患 |
| 遺伝形式 | 孤発性(非遺伝性) |
| 好発年齢 | 主に50歳以上の中高年 |
| 主な症状 | 大腿四頭筋・手指屈筋の筋力低下と筋萎縮(左右差あり)、嚥下障害 |
| 主な検査 | 筋生検(縁取り空胞、CD8陽性T細胞の筋線維侵入など) |
| 主な治療 | ステロイドなどの免疫抑制療法はほとんど効かない |
| 受診する主な診療科 | 神経内科 |
封入体筋炎とは
封入体筋炎は、特発性炎症性筋疾患(筋炎)の一病型に分類されます。筋生検で、筋線維の内部に縁取り空胞(rimmed vacuole)と呼ばれる特徴的な空胞や、アミロイド、p62、TDP-43などの異常タンパク質の凝集体(封入体)がみられることが名前の由来です。同時に、壊死していない筋線維をCD8陽性T細胞が取り囲んで侵入する炎症所見や、筋線維膜へのMHCクラスI分子の発現亢進も認められます。このように「自己免疫的な炎症」と「タンパク質分解系の異常による変性」が併存する点が病態の本質です。臨床的には、大腿四頭筋と手指屈筋群の筋力低下・筋萎縮、しばしば左右差がある分布、嚥下障害の多さ、緩徐な進行、免疫治療への反応の乏しさが特徴です。
分類としては、孤発性(非遺伝性)の封入体筋炎が本症にあたります。かつて「遺伝性封入体ミオパチー(hereditary inclusion body myopathy, hIBM)」と呼ばれた疾患群は、筋生検で縁取り空胞を示すものの炎症が目立たない遺伝性筋疾患で、代表例はGNE遺伝子の変異によるGNEミオパチー(縁取り空胞を伴う遠位型ミオパチー、日本で報告の多い病型)や、VCP遺伝子変異による多系統タンパク質症です。これらは現在、孤発性封入体筋炎とは別の疾患として扱われます。封入体筋炎という名称は1970年代初頭に提唱され、当初は治療に反応しない多発性筋炎として扱われていた例が多かったことが知られています。現在も、ステロイド抵抗性の「多発性筋炎」と診断されていた患者さんが、後に封入体筋炎と判明することは少なくありません。
封入体筋炎の疫学・患者数
封入体筋炎は、欧米では50歳以上で発症する後天性筋疾患のなかで最も頻度が高いものの一つとされています。日本では、全国調査に基づき患者数がおよそ1,000〜1,500人程度と推定された報告がありますが、診断に筋生検を要することや、高齢者の歩行障害が加齢や整形外科疾患と見なされやすいことから、未診断例を含めた実数はより多いと考えられています。近年、疾患の認知が進むにつれて診断数は増加傾向にあるとされます。発症年齢は多くが50歳以降で、40歳未満の発症はまれです。性別では男性にやや多い傾向が国内外で報告されています。初発症状から診断までに平均して数年を要することが多く、診断の遅れが課題とされています。人種・地域差や、C型肝炎ウイルス(HCV)、HTLV-1、HIVなどの慢性ウイルス感染との関連を示唆する報告もあり、日本からはHCV感染者に封入体筋炎がみられる頻度が比較的高いとする研究があります。
封入体筋炎の原因・病態生理
原因は完全には解明されていませんが、現在は複数の機序が絡み合うと考えられています。第一は免疫機序で、細胞傷害性CD8陽性T細胞が筋線維を攻撃し、筋線維膜にMHCクラスI分子が広く発現します。浸潤するT細胞の一部は、長期間生存し免疫抑制薬に抵抗性を示す性質(高度に分化したCD57陽性などのT細胞)をもつことが報告され、ステロイドが効きにくい一因と考えられています。また、患者の一部に大顆粒リンパ球性白血病(T-LGL)を合併することや、抗cN1A(NT5C1A)抗体という自己抗体が検出されることも免疫関与を支持します。第二は変性機序で、オートファジー(自食作用)やプロテアソームといった細胞内のタンパク質分解・品質管理の仕組みが障害され、p62、TDP-43、アミロイドβ関連タンパク質などが凝集・蓄積します。さらにミトコンドリアの機能異常(COX活性欠損線維の増加やミトコンドリアDNAの欠失)も高率にみられます。遺伝性疾患ではありませんが、HLA-DR3を含む特定の遺伝背景がなりやすさに関与するとされます。
発症の順序については、「炎症が先行し、二次的に変性が起こる」とする説と、「加齢に伴うタンパク質品質管理の破綻が先行し、それが炎症を誘発する」とする説があり、決着はついていません。現実には、慢性的な炎症性サイトカイン(インターフェロンγなど)による細胞ストレスと、タンパク質凝集体による小胞体ストレスやオートファジー障害が悪循環を形成し、筋線維が徐々に失われて脂肪・線維組織に置き換わっていくと考えられています。核膜周辺のタンパク質の異常や、筋の再生能力の低下も加わります。免疫を抑えるだけでは進行が止まらず、逆に変性面だけを標的とした薬剤も臨床試験で明確な効果を示せていないことは、この病態の複雑さを反映しています。
封入体筋炎の症状
- 大腿四頭筋の筋力低下: 太もも前面の筋が弱くなり、膝が急にガクッと折れる(膝くずれ)、階段の昇り降りや椅子からの立ち上がりが難しくなります。初発症状として最も多いものの一つです。
- 手指屈筋の筋力低下: 指の第1関節を曲げる深指屈筋が侵されやすく、ペットボトルのふたを開ける、ボタンを留める、鍵を回す、物を握るといった動作が困難になります。
- 左右差のある筋萎縮: 太ももや前腕の内側(屈筋側)がやせてきます。左右非対称のことが多く、神経疾患と間違われる原因にもなります。
- 転倒: 膝の踏ん張りが効かなくなるため、平地でも転びやすくなります。骨折や頭部外傷のきっかけとなるため、最も注意すべき症状の一つです。
- 足首の背屈力低下: 足首を持ち上げる前脛骨筋が弱くなると、つま先が引っかかりやすくなり(下垂足様)、つまずきの原因になります。
- 嚥下障害: 患者さんのおよそ半数前後にみられ、食べ物がのどにつかえる、むせるといった症状が出ます。輪状咽頭筋の機能異常が関与することが多く、初期から目立つ例もあります。
- 顔面筋の軽度の筋力低下: 目を強く閉じる力などがやや弱くなることがありますが、自覚されないことも多い症状です。
- 体幹・頸部の筋力低下: 進行例では首を支える筋(頸部屈筋)や体幹の筋も弱くなり、首下がりや姿勢保持の困難が生じることがあります。
- 膝蓋腱反射の低下: 大腿四頭筋の萎縮に伴い、膝の腱反射が早い段階から減弱・消失することがあります。感覚障害は原則として目立ちません。
- 呼吸機能の低下: 頻度は高くありませんが、進行例では呼吸筋の筋力低下により、睡眠時の低換気や呼吸不全が生じることがあります。
封入体筋炎の経過と合併症
封入体筋炎は数か月から年単位でゆっくり進行し、自然に軽快することはまれです。典型的には、膝くずれや階段昇降の困難、あるいは握力低下で気づかれ、数年の経過で杖が必要となり、発症から10〜15年前後で歩行に車いすを要する方が多いと報告されています。ただし進行速度には個人差が大きく、発症年齢が高いほど進行が速い傾向があるとする報告もあります。筋力は年に数%程度ずつ低下していくとされ、急激な悪化は封入体筋炎としては非典型的で、他疾患の合併や診断の再検討が必要なサインとなります。上肢では細かい手作業から始まり、食事動作や整容に影響が広がります。
主な合併症は、転倒による骨折・頭部外傷と、嚥下障害による誤嚥性肺炎・低栄養・体重減少です。これらは生命予後とQOLに直結します。進行期には呼吸筋力低下による換気障害、廃用による関節拘縮や骨粗鬆症、介護負担の増大が問題となります。免疫関連の併存症として、シェーグレン症候群などの自己免疫疾患、HCV感染症、T細胞性大顆粒リンパ球性白血病の合併が報告されています。また、効果の乏しい長期ステロイド投与による骨粗鬆症、糖尿病、感染症、ステロイドミオパチーといった治療関連合併症にも注意が必要です。心筋障害は典型的ではありませんが、高齢者が多いため心血管疾患の評価も大切です。
封入体筋炎の診断・診断基準
診断は、特徴的な臨床像(50歳前後以降の発症、年単位の緩徐な進行、大腿四頭筋と手指屈筋優位で左右差のある筋力低下)を疑うことから始まります。血液検査で血清CK値を確認し、筋電図、筋MRIや筋超音波で罹患筋の分布を把握したうえで、筋生検により病理学的に確定するのが基本です。病理では炎症所見と縁取り空胞などの変性所見がそろうことが重要ですが、早期や生検部位によっては典型所見がそろわないこともあり、臨床像と合わせた総合判断が求められます。国際的には欧州神経筋センター(ENMC)が2011年に提唱した診断基準などが用いられ、日本の指定難病の診断基準も臨床所見と筋病理所見を組み合わせた構成になっています。ステロイド抵抗性の多発性筋炎と診断されている例では、改めて封入体筋炎の可能性を検討することが勧められます。
- 神経学的診察: 膝伸展力が股関節屈曲力より弱い、あるいは手指屈曲力が肩外転力より弱いといった特徴的な筋力低下の分布を確認します。左右差、膝蓋腱反射の低下、嚥下機能も評価します。
- 血清クレアチンキナーゼ(CK): 正常〜軽度上昇(多くは基準値上限の数倍程度まで)にとどまることが多く、著しい高値の場合は壊死性ミオパチーなど他疾患を考えます。CKが正常でも封入体筋炎は否定できません。
- 筋電図: 安静時の線維自発電位や陽性鋭波などの異常自発放電と、筋原性の運動単位電位がみられます。持続時間の長い大きな電位が混在し、神経原性疾患と誤認されることがあるため注意が必要です。
- 筋MRI・筋超音波: 大腿四頭筋(大腿直筋は比較的保たれることが多い)、腓腹筋内側頭、前腕の深指屈筋などに脂肪置換や浮腫性変化がみられます。罹患パターンの把握と、生検部位の選択に役立ちます。
- 筋生検(病理診断): 非壊死線維へのCD8陽性T細胞浸潤、MHCクラスIの発現亢進、縁取り空胞、p62やTDP-43陽性の凝集体、コンゴーレッド染色陽性のアミロイド沈着、COX欠損線維の増加などを評価します。診断確定の中心となる検査です。
- 電子顕微鏡検査: 筋線維内に直径15〜18nm程度の管状フィラメント(tubulofilament)が確認されることがあり、診断を補強します。
- 抗cN1A(NT5C1A)抗体: 封入体筋炎の患者さんの一部で陽性となる自己抗体で、補助的な診断マーカーとして注目されています。陰性でも否定はできず、シェーグレン症候群など他疾患でも陽性となることがあるため、単独では診断できません。
- 嚥下機能評価: 嚥下造影検査(VF)や嚥下内視鏡検査(VE)で、輪状咽頭筋の開大不全や誤嚥の有無を評価し、食形態や治療方針の決定に用います。
- 合併症・背景疾患の検索: HCV・HTLV-1などの感染症、シェーグレン症候群関連の抗体、血液像(大顆粒リンパ球の増加)、呼吸機能(肺活量)などを確認します。
封入体筋炎と鑑別すべき疾患
- 多発性筋炎・免疫介在性壊死性ミオパチー: 近位筋優位で左右対称の筋力低下を示し、CKが高値でステロイドなどの免疫治療に反応しやすい点が異なり、治療抵抗性の場合は封入体筋炎を再考します。
- 筋萎縮性側索硬化症(ALS): 左右差のある筋萎縮を示す点は似ますが、線維束性収縮、腱反射亢進などの上位運動ニューロン徴候、急速な進行、筋電図での神経原性変化により区別します。
- GNEミオパチー(遠位型ミオパチー): 縁取り空胞を伴いますが、若年成人発症で前脛骨筋優位、大腿四頭筋が比較的保たれ、炎症所見に乏しく、遺伝子検査で診断します。
- 球脊髄性筋萎縮症: 中高年男性の緩徐進行性の筋力低下と嚥下障害を示しますが、顔面・舌の線維束性収縮、女性化乳房、感覚障害を伴い、アンドロゲン受容体遺伝子検査で診断します。
- 重症筋無力症: 嚥下障害や筋力低下を示しますが、日内変動・易疲労性、眼瞼下垂や複視、抗アセチルコリン受容体抗体陽性などで区別します。
- VCP関連多系統タンパク質症・肢帯型筋ジストロフィーなど遺伝性筋疾患: 家族歴、比較的若い発症、骨パジェット病や前頭側頭型認知症の合併、遺伝子検査結果などから鑑別します。
封入体筋炎の治療
現時点で封入体筋炎の進行を確実に止める、あるいは筋力を回復させることが証明された治療はありません。そのため治療の基本は、リハビリテーションによる機能維持、転倒予防、嚥下障害への対応、栄養・呼吸管理、福祉用具や生活環境の調整といった包括的な対症的ケアとなります。ステロイドや免疫抑制薬は、多くの研究で長期的な有効性が示されておらず、副作用の負担が上回る可能性があるため、国内外のガイドラインでもルーチンの使用は推奨されていません。ただし、他の筋炎との鑑別が難しい場合や、自己免疫疾患の合併がある場合などには、主治医が慎重に試みることがあります。複数の新規薬剤の臨床試験が国内外で行われてきましたが、承認に至った薬はまだありません。治療方針は、脳神経内科医(神経筋疾患の専門医)を中心に、リハビリテーション科、耳鼻咽喉科、歯科、栄養士、看護師、医療ソーシャルワーカーなどが連携して決めていくことが望まれます。
- 理学療法・運動療法: 適度な有酸素運動や筋力トレーニングは安全で、機能維持に役立つ可能性が報告されています。疲労を残さない範囲で、専門職の指導のもと継続することが重要です。
- 転倒予防と補装具: 膝くずれ対策として膝装具、つまずき対策として短下肢装具、杖・歩行器、住宅の手すり設置や段差解消などを行います。進行に応じて車いすや電動車いすを検討します。
- 作業療法・自助具: 握力や指の力の低下に合わせ、太柄のスプーンや筆記具、ボタンエイド、オープナーなどの自助具を活用し、食事・整容・家事の自立を支援します。
- 嚥下リハビリテーション・食形態の調整: 言語聴覚士による嚥下訓練、とろみ付けや一口量の調整、姿勢の工夫などで誤嚥を予防します。定期的な嚥下機能評価が勧められます。
- 嚥下障害に対する外科的・局所的治療: 輪状咽頭筋の開大不全が主体の場合、バルーン拡張術、輪状咽頭筋切断術、ボツリヌス毒素の局所注射などが選択肢として検討されることがあります。適応は耳鼻咽喉科など専門医と相談して判断します。
- 免疫グロブリン大量静注療法(IVIG): 一部の報告で嚥下障害の一時的な改善が示唆されていますが、筋力全体への持続的効果は確立していません。日本では封入体筋炎に対する保険適用はなく、使用は限定的です。
- ステロイド・免疫抑制薬: 一時的にCKが下がっても筋力の改善は乏しいことが多く、長期使用による副作用のリスクがあります。開始・継続・中止の判断は主治医とよく相談してください。
- 栄養管理: 嚥下障害や筋量減少による体重減少を防ぐため、十分なエネルギーとたんぱく質の摂取を心がけます。経口摂取が困難な場合は胃瘻などの経管栄養も検討されます。
- 臨床試験・治験への参加: タンパク質分解系や免疫機序、筋量増加などを標的とした複数の薬剤が研究されてきました。参加を希望する場合は、主治医や専門施設、難病情報センターなどで情報を得られます。
封入体筋炎の予後・長期フォロー
封入体筋炎は緩徐進行性で、生命予後は一般人口と比べて大きくは短縮しない、あるいは軽度の短縮にとどまるとする報告が多い一方、QOLへの影響は大きい疾患です。多くの患者さんが発症から10年以上を経て歩行補助具や車いすを必要とし、手指の機能低下や嚥下障害によって日常生活動作に介助が必要になることがあります。死亡や重篤な転帰に関わるのは、主に誤嚥性肺炎、低栄養、転倒による骨折や頭部外傷、進行期の呼吸不全です。逆に言えば、これらの合併症を予防・早期対応することで、自立した生活をより長く保てる可能性があります。発症年齢、嚥下障害の程度、併存症などにより経過は大きく異なるため、個別の見通しについては主治医と相談することが大切です。
長期フォローアップでは、数か月ごとに筋力、歩行能力、日常生活動作、嚥下機能、体重・栄養状態、肺活量などの呼吸機能を評価し、装具や福祉用具、生活環境、介護体制をその都度見直します。肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンなどの予防接種は、主治医と相談のうえ検討されます。ステロイドを使用している場合や活動量が低下している場合は、骨密度の評価と骨粗鬆症対策も重要です。高齢者に多い疾患であるため、心疾患、糖尿病、認知機能などの併存症の管理も含めた全身的なフォローが求められます。症状が急に悪化した場合は、感染症や他の神経筋疾患の合併なども含めて再評価が必要です。
封入体筋炎の日常生活の注意点と公的支援(医療費助成)
日常生活で最も大切なのは転倒予防です。屋内の段差やマット、電気コードを片付け、玄関・トイレ・浴室・階段に手すりを設置し、夜間は足元灯を使いましょう。急な方向転換や、濡れた床、坂道・下り階段には特に注意し、必要に応じて杖や装具を早めに取り入れることが勧められます。食事では、よく噛んでゆっくり食べ、むせやすい食品(パサつくもの、水のようにさらさらした液体など)は形態を工夫し、食後すぐに横にならないようにします。口腔ケアは誤嚥性肺炎の予防に役立ちます。運動は「やり過ぎず、やめ過ぎず」が基本で、翌日に強い疲労や痛みが残らない程度に継続しましょう。封入体筋炎(孤発性)は遺伝性疾患ではなく、ご家族が同じ病気になる可能性は一般的には高くないと考えられています。ただし、家族内に似た症状の方がいる、比較的若い年齢で発症したなど、遺伝性の筋疾患が疑われる場合は、遺伝カウンセリングの利用を主治医に相談してください。ご家族には、介助方法や転倒時の対応、食事の工夫などを医療・介護スタッフと一緒に学んでいただくことが助けになります。
利用できる制度・相談窓口
封入体筋炎は指定難病であり、診断基準を満たし、重症度基準(modified Rankin Scaleや食事・栄養、呼吸の評価など)で一定以上と判定された場合、または軽症でも医療費が一定額以上かかる場合(軽症高額該当)には、医療費助成を受けられます。申請は難病指定医が作成した臨床調査個人票を添えて、お住まいの都道府県・指定都市の窓口(保健所など)に行います。障害者総合支援法の対象疾病にも含まれているため、身体障害者手帳がなくても、必要に応じて居宅介護や補装具などの障害福祉サービスを利用できる場合があります。筋力低下の程度に応じて身体障害者手帳(肢体不自由など)を取得できる可能性があり、日常生活用具の給付や各種割引の対象となります。65歳以上の方は介護保険サービス(訪問介護、訪問リハビリテーション、福祉用具貸与、住宅改修など)を利用できます。なお、40〜64歳の方では封入体筋炎は介護保険の特定疾病に含まれないため、原則として障害福祉サービスで対応します。就労中の方や現役世代の方は、障害の程度によって障害年金の対象となることがあります。相談窓口としては、各都道府県の難病相談支援センター、保健所、病院の医療ソーシャルワーカー、地域包括支援センター、患者会などがあり、制度の利用方法や生活上の悩みについて相談できます。
封入体筋炎に伴う心のケア・心理社会的支援
難病の診断を受けると、多くの方が「治らない」「将来どうなるのか」という不安や喪失感を抱きます。抑うつ、不安、不眠、意欲の低下、怒りや孤立感は珍しいことではなく、適応障害やうつ病として治療的な支援が必要になることもあります。封入体筋炎に特有の課題として、診断までに長い時間がかかり、「年のせい」と言われ続けた経験や、効かない治療を続けてきた徒労感を抱えている方が少なくありません。また、ステロイドが効かないと知ったときの落胆、少しずつできることが減っていく緩徐な喪失、転倒への恐怖から外出を控えて社会的に孤立しやすいこと、食事という楽しみが嚥下障害で損なわれることも心理的負担となります。高齢の配偶者が介護を担う「老老介護」になりやすく、介護者の心身の疲労にも目を向ける必要があります。気持ちのつらさは我慢せず、主治医、看護師、医療ソーシャルワーカー、心理職、必要に応じて精神科・心療内科に相談してください。患者会で同じ病気の方と経験を分かち合うことや、介護サービスを積極的に利用してご家族が休息をとることも大切な支えになります。
Medi Faceでは、慢性疾患に伴うこころの不調についてのオンライン相談も行っています。お問い合わせはこちら。
封入体筋炎の受診の目安
- 膝がガクッと折れる、立ち上がりや階段が急につらくなった、指先に力が入らないなど、新たな筋力低下に気づいたときは、脳神経内科を受診してください。
- 食事中のむせ、食べ物がのどにつかえる感じ、体重の減少が続くときは、早めに主治医に相談してください。
- 発熱、咳、痰の増加、息苦しさがある場合は誤嚥性肺炎の可能性があるため、速やかに受診してください。
- 転倒して頭を強く打った、意識がぼんやりする、手足や腰に強い痛みがあり動けない場合は、救急受診を検討してください。
- 朝の頭痛、日中の強い眠気、横になると息苦しいなどの症状は呼吸筋力低下のサインのことがあるため、主治医に伝えてください。
- 気分の落ち込みや不眠が2週間以上続く、介護する家族が限界を感じているときも、遠慮せずに相談してください。
封入体筋炎についてのよくある質問
Q. 封入体筋炎は治りますか?
A. 現時点では進行を止めたり筋力を回復させたりする確立した治療はありません。しかし、リハビリテーション、転倒予防、嚥下や栄養の管理によって、自立した生活をより長く保つことは十分に可能です。新しい治療法の研究も国内外で進められています。
Q. なぜステロイドが効かないのですか?
A. 封入体筋炎は炎症に加えて、筋線維の中に異常なタンパク質がたまる変性の仕組みが関わっており、免疫を抑えるだけでは進行が止まらないためと考えられています。また、浸潤しているT細胞自体が免疫抑制薬に抵抗性であることも指摘されています。現在服用中の薬を自己判断で中止せず、必ず主治医と相談してください。
Q. 子どもや孫に遺伝しますか?
A. 孤発性の封入体筋炎は遺伝病ではなく、家族に遺伝する可能性は一般に低いと考えられています。ただし、名前の似た遺伝性の筋疾患(GNEミオパチーなど)もあるため、家族内に同様の症状の方がいる場合は主治医に伝え、必要に応じて遺伝カウンセリングを受けてください。
Q. 運動はしたほうがよいのですか?
A. 適度な運動は安全で、筋力や持久力の維持に役立つ可能性が報告されています。ただし、過度な負荷や転倒の危険がある運動は避ける必要があるため、理学療法士などの指導を受け、翌日に疲れが残らない程度で続けることが勧められます。
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この記事について
最終更新: 2026-10-18。発行: 株式会社Medi Face。本ページは、MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター、各学会の診断基準・診療ガイドラインなどの公的・専門的情報を参照して作成した一般的な医学情報であり、診断・治療の代替ではありません。個別の診療は主治医・専門医にご相談ください。参考: MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター。記載内容に誤りや古い情報を見つけた場合はお問い合わせからお知らせください。