レット症候群
Rett Syndrome
レット症候群(Rett Syndrome)|レット症候群は、主に女児に発症する神経発達症で、多くはX染色体上のMECP2遺伝子の変異が原因です。生後しばらくはほぼ順調に育ったように見えた後、乳幼児期に、それまでにできていた手の使い方やことばが失われます。その後、手をもむ・たたくような特徴的な常同運動、歩行の障害、呼吸リズムの異常、てんかんなどが現れ、生涯にわたる医療と生活支援が必要になります。
レット症候群の要点
レット症候群は、主に女児に発症し、多くはMECP2遺伝子の変異による神経発達症です。乳幼児期にそれまでできていた手の使用やことばが失われ、その後に手の常同運動、歩行障害、呼吸リズムの異常、てんかんなどが現れる病気で、指定難病(告示番号156)として医療費助成の対象です。
| 別名・略称 | Rett症候群、RTT、レット障害、Rett disorder |
|---|---|
| 分野 | 小児神経・てんかん |
| 遺伝形式 | X連鎖性(原因遺伝子MECP2はX染色体上)。多くは突然変異による孤発例 |
| 好発年齢 | 乳幼児期に、それまでできていた機能の退行が始まる |
| 主な症状 | 手の使用・話しことばの喪失、歩行障害、手の常同運動、呼吸異常、てんかん、側弯 |
| 主な検査 | 診断は臨床症状にもとづく(2010年改訂の診断基準)。MECP2遺伝子検査は補助的に行う |
| 主な治療 | 根本的な治療は確立されておらず、てんかん・側弯・栄養などへの対症療法とリハビリテーションが中心 |
| 受診する主な診療科 | 小児神経科(小児科) |
レット症候群とは
レット症候群(Rett syndrome:RTT)は、乳幼児期に獲得した機能が一時的に後退(退行)し、その後症状がある程度落ち着くという経過をとる神経発達症です。中心となる症状は次の4つです。①意図的な手の使用の喪失、②話しことばの喪失、③歩行の障害、④手の常同運動。これに加えて、呼吸の異常、自律神経の症状、てんかん、側弯、消化器症状などが全身に及びます。脳の神経細胞が次々に失われていく「神経変性疾患」とは異なり、神経細胞どうしの回路の成熟やはたらきに障害がある病気と考えられています。原因遺伝子が見つかっていても、診断はあくまで臨床症状にもとづいて行われます。この点は重要で、遺伝子解析で変異が見つからないことだけを理由にレット症候群が否定されるわけではありません。
1966年にオーストリアの小児科医アンドレアス・レットが最初に報告し、1983年にハグバーグらが英語論文でまとめたことで国際的に知られるようになりました。1999年にAmirらが原因遺伝子としてMECP2を同定しました。現在は、2010年に国際共同研究グループ(RettSearch)が改訂した診断基準が広く使われ、典型的レット症候群と非典型的レット症候群に分けられます。非典型例には次のような病型が知られています。<br>・発語がある程度保たれる「言語保持型(Zappella型)」<br>・乳児早期からてんかんが目立つ「早期発症てんかん型(Hanefeld型)」<br>・生後早期から発達の異常が明らかな「先天型(Rolando型)」<br>早期発症てんかん型の多くはCDKL5遺伝子、先天型の一部はFOXG1遺伝子の変異によるものでした。現在、これらは「CDKL5欠損症」「FOXG1症候群」という独立した疾患として扱われる傾向にあります。日本では指定難病156として医療費助成の対象です。
レット症候群の疫学・患者数
発症頻度は女児出生およそ1万〜1万5千人に1人とされ、女児の重度知的障害の原因として比較的頻度の高い遺伝性疾患です。国内の患者数は千人規模と推定されていますが、成人の未診断例を含めると正確な数は分かっていません。患者のほとんどは女性です。男性でMECP2変異を持つ場合、多くは新生児期から重い脳症を呈し、典型的なレット症候群の経過はとりません。ただし、クラインフェルター症候群(47,XXY)の男性や、一部の細胞だけに変異を持つ体細胞モザイクの男性では、典型的な臨床像を示すことがあります。最初に異常に気づかれるのは多くが生後6〜18か月で、退行は1〜4歳ごろに目立ちます。人種や地域による明らかな差は報告されていません。
レット症候群の原因・病態生理
原因遺伝子のMECP2はX染色体のXq28領域にあり、メチル化DNA結合タンパク質2(MeCP2)をつくる設計図です。遺伝形式はX連鎖性ですが、95%以上は親から受け継いだものではなく、新たに生じた(de novo)変異です。その多くは父親由来のX染色体、つまり精子形成の過程で生じると報告されています。女性は2本のX染色体を持ち、細胞ごとにどちらか一方がランダムに不活化されます(X染色体不活化)。正常な遺伝子と変異遺伝子のどちらが働いている細胞が多いか(不活化の偏り)によって、重症度が大きく変わります。<br>典型例の約9割以上でMECP2の病的変異が見つかります。変異の種類としては、R106W、R133C、T158M、R168X、R255X、R270X、R294X、R306Cなどの「ホットスポット変異」と、C末端側の欠失が多くを占めます。エクソン単位の大きな欠失も一定の割合でみられます。変異の種類と重症度にはある程度の傾向があり、たとえばR133CやR294X、C末端欠失はやや軽症、R168XやR255X、大きな欠失はやや重症の傾向があるとされます。ただし個人差は大きいのが実情です。
MeCP2は神経細胞に特に多く存在するタンパク質で、メチル化されたCpG配列(神経細胞ではメチル化CA配列も)に結合します。さらに、NCoR/SMRTなどの転写調節複合体と協調して、多数の遺伝子の発現量を細かく調整しています。変異は、DNAに結合する部分(MBD)や、複合体と相互作用する部分(NID/TRD)に集中しています。<br>MeCP2の機能が失われると、BDNF(脳由来神経栄養因子)をはじめとする多くの遺伝子の発現バランスが崩れます。その結果、神経細胞が小さくなる、樹状突起の枝分かれが乏しくなる、シナプスの成熟や可塑性が障害される、興奮と抑制のバランスが乱れる、といった変化が起こります。また、ノルアドレナリン・セロトニン・ドパミンなどのモノアミン系や、脳幹の自律神経・呼吸中枢の機能にも異常が生じます。これが呼吸リズムの異常や自律神経症状の基盤と考えられています。ミトコンドリア機能の異常も報告されていますが、副次的な変化とみられています。<br>重要なのは、神経細胞そのものが大量に失われるわけではないことです。モデルマウスでは、症状が出た後でもMecp2の発現を回復させると症状が大きく改善したと報告されており(2007年)、これが疾患修飾療法や遺伝子治療の研究の根拠となっています。なお、MECP2の量が多すぎても病気になります(MECP2重複症候群)。この遺伝子は量の過不足のどちらにも敏感であることが分かっています。
レット症候群の症状
- 発達の停滞と退行: 生後6〜18か月ごろから発達が伸び悩み、1〜4歳ごろに、すでに獲得していた手の使い方、喃語や単語、人への関心などが数週〜数か月で失われます。退行期には、自閉スペクトラム症に似た社会的な引きこもりがみられることがあります。
- 手の常同運動: 手もみ、手を洗うような動き、手をたたく、手を口に入れるなどの反復運動が、起きている間ほぼ絶え間なく続きます。最も特徴的な所見で、意図して物をつかむ・操作する能力の喪失と並行して現れます。
- 話しことばの喪失とコミュニケーション: 多くは有意味語を失うか、ごく限られた発語にとどまります。一方で、視線による意思表示(アイポインティング)が強く保たれることが多く、視線入力装置などの代替手段の手がかりになります。
- 歩行障害・運動障害: 足を広げた不安定な歩き方、つま先歩き、運動の企図や順序立てがうまくいかない運動失行がみられます。歩行を獲得しない例もありますが、生涯歩行を維持する例も少なくありません。
- 呼吸リズムの異常: 起きている間に、過呼吸、息こらえ(無呼吸)、空気をのみ込む呑気などが発作的に起こります。脳幹の自律神経調節の障害によるもので、睡眠中は比較的落ち着いていることが多いのが特徴です。
- てんかん発作: 報告により6〜9割にてんかんがみられ、焦点発作や全般発作など発作型はさまざまです。一方で、呼吸異常、凝視、ふるえなどの「てんかんではない発作様の症状」も多く、両者の区別が重要です。
- 頭囲拡大の減速・成長障害: 出生時の頭囲は正常ですが、乳幼児期から頭囲の伸びが鈍り、小頭傾向となることが多いです。身長・体重の増え方も不十分になりやすい傾向があります。
- 自律神経症状: 手足が小さく冷たく、紫色っぽくなる末梢循環の異常、発汗の異常、便秘などがみられます。痛みへの反応が鈍い傾向もあり、骨折やけがに気づくのが遅れることがあります。
- 睡眠障害・情動症状: 寝つきの悪さ、夜中に目を覚ます、夜間の笑いや叫びなどの睡眠の乱れがよくみられます。日中の歯ぎしりや、不安・興奮・突然の泣き叫びといった情動の不安定さも伴いやすい症状です。
- 側弯・筋緊張異常: 幼児期の低緊張から、年齢とともに筋緊張の亢進、ジストニア、拘縮へと移行することがあります。思春期にかけて側弯が高い頻度で進行します。
- 消化器症状: かむ・飲み込む機能の障害、胃食道逆流、慢性便秘、呑気による腹部膨満が多くみられ、胆嚢の病気の報告もあります。栄養不良や誤嚥性肺炎の原因になります。
- 心電図異常(QT延長): 心電図でQT時間が延びる例が一定の割合でみられ、まれな突然死との関連が指摘されています。定期的な心電図検査が推奨されます。
レット症候群の経過と合併症
古典的には、ハグバーグによる次の4病期で説明されます。<br>Ⅰ期(早期停滞期:生後6〜18か月):発達がゆっくりになり、周囲への関心が薄れ、筋緊張が低下します。<br>Ⅱ期(急速退行期:1〜4歳):手の機能とことばが失われ、手の常同運動、睡眠障害、易刺激性、呼吸異常が現れます。<br>Ⅲ期(偽安定期:2〜10歳ごろ以降):退行が止まり、目による意思疎通や周囲への関心がむしろ改善します。この時期にはてんかんや失行が目立ち、長い年月続くことがあります。<br>Ⅳ期(晩期運動悪化期:10歳以降):筋力低下、筋緊張亢進、ジストニア、パーキンソン症状、側弯の進行によって移動能力が落ちることがあります。一方で、認知やコミュニケーションの面は比較的保たれ、常同運動は軽くなることもあります。<br>病期の境目ははっきりせず、個人差も大きく、全員が必ずすべての段階を同じようにたどるわけではありません。成人期にはてんかんが軽くなる例もあります。すべての人が寝たきりになるわけではなく、成人後も歩行を保つ人がいます。
主な合併症は次のとおりです。<br>・難治性てんかん、てんかん重積<br>・側弯症(思春期に急に進むことが多い)<br>・骨粗鬆症と、軽い外力による骨折<br>・嚥下障害による誤嚥性肺炎<br>・栄養不良・体重増加不良<br>・胃食道逆流症、慢性便秘、腸閉塞様の症状(呑気による著しい腹部膨満を含む)<br>・胆嚢炎・胆石<br>・QT延長症候群と不整脈<br>・睡眠障害、不安障害<br>・股関節脱臼・拘縮、歯ぎしりによる歯の摩耗<br>痛みを訴えにくいため、骨折、胆石、便秘などが行動の変化(興奮、拒食、自傷、睡眠の悪化)としてしか現れないことがあります。介護者がいつもと違う様子に気づくことが、早期発見のうえで非常に大切です。
レット症候群の診断・診断基準
診断は、乳幼児期の発達歴の聞き取りと神経学的な診察にもとづく臨床診断が基本です。2010年の改訂診断基準に沿って、退行とその後の回復・安定化があるか、4つの主要基準と11の支持的基準を満たすかを確認します。あわせて、脳の外傷、代謝性・神経変性疾患、重い感染症による脳障害、生後6か月までの明らかな発達異常といった除外基準にあてはまらないことを確かめます。次にMECP2遺伝子検査を行い、病因を確認します。変異が見つからない場合でも臨床基準を満たせばレット症候群と診断できます。逆に、MECP2変異があっても臨床像が合わなければレット症候群とは診断しません。MECP2が陰性の場合や非典型例では、CDKL5、FOXG1などを含む遺伝子パネル検査や網羅的解析で鑑別を進めます。診断後は、てんかん、心電図、呼吸、栄養、骨、脊椎について多職種で評価を行います。
- 2010年改訂診断基準(典型的・非典型的RTT): 典型例は、退行期があり、4つの主要基準(手の機能喪失、発語喪失、歩行異常、手の常同運動)をすべて満たし、除外基準に該当しないことが条件です。非典型例は、主要基準のうち2つ以上と、支持的基準(覚醒時の呼吸異常、歯ぎしり、睡眠障害、筋緊張異常、末梢血管運動障害、側弯、成長障害、小さく冷たい手足、不適切な笑い・叫び、痛覚反応の低下、強い視線による意思疎通)のうち5つ以上を満たすことが条件です。
- MECP2遺伝子検査: 血液DNAを用いて、塩基配列解析(シークエンス)と、大きな欠失・重複を調べる検査(MLPA法など)を組み合わせて行います。典型例の大多数で病的変異が見つかり、病因の確定、遺伝カウンセリング、将来の治療研究への参加の判断材料になります。国内では保険診療で検査できる場合があり、詳しくは主治医に確認してください。
- X染色体不活化パターン解析: 重症度の個人差や、症状のない保因者の母親の存在を説明する手がかりになることがあります。日常診療で必ず行う検査ではありません。
- 脳波・長時間ビデオ脳波: 年齢とともに背景活動の徐波化、中心・側頭部を中心とした棘波など、さまざまな異常が現れます。発作様の症状がてんかんによるものかどうかを見分けるには、ビデオで症状を記録しながら脳波を測る長時間ビデオ脳波が特に有用です。
- 頭部MRI: 脳全体の容積がやや小さい程度で、特徴的な所見に乏しいことがほとんどです。主に、脳形成異常、白質疾患、代謝性疾患など他の病気を除外するために行います。
- 心電図(QTc評価): 診断時と、その後は定期的(年1回程度)にQTc時間を確認します。延長がある場合は循環器医と連携し、QTを延ばす薬剤を避けます。
- 呼吸評価・睡眠検査: 覚醒時の呼吸の様子の観察、パルスオキシメトリー、必要に応じて睡眠ポリグラフ検査を行います。呼吸パターン、酸素飽和度の低下、睡眠構造を評価します。
- 成長・栄養・嚥下評価: 頭囲・身長・体重の成長曲線を追い、嚥下造影検査などで誤嚥のリスクを評価します。経管栄養や胃瘻が必要かどうかの判断に役立ちます。
- 脊椎X線・骨密度検査: 側弯のCobb角を定期的に測定し、DXA法などで骨密度を測ります。血中ビタミンDも確認し、骨折予防に役立てます。
レット症候群と鑑別すべき疾患
- アンジェルマン症候群: 重度の発達障害、てんかん、小頭症が共通しますが、よく笑う、手をパタパタさせる、生後早期からの発達遅滞があり、はっきりした退行期がない点で異なり、15番染色体の検査で区別します。
- CDKL5欠損症: 生後数か月以内に難治性てんかんが始まり、発達が最初から重度に遅れることが多く、CDKL5遺伝子の解析で鑑別します。
- FOXG1症候群: 乳児早期から重度の発達障害、小頭症、運動異常(ジスキネジア)を示し、正常に発達していた時期がほとんどないことが手がかりで、遺伝子検査で区別します。
- 自閉スペクトラム症: 退行期の社会的な引きこもりは似ていますが、手の機能の喪失、歩行障害、頭囲拡大の減速、呼吸異常を伴わない点が異なります。
- MECP2重複症候群: 同じMECP2遺伝子の重複(量の過剰)が原因で、主に男児に発症し、重度の低緊張や反復する感染症を特徴とし、コピー数解析で区別します。
- 神経セロイドリポフスチン症などの神経代謝・変性疾患: 退行が持続的に進み、視力障害やMRI異常を伴う点が異なり、Ⅳ期の運動悪化を進行性疾患と取り違えないよう、代謝検査や遺伝子検査で除外します。
レット症候群の治療
現在、国内で一般的に使える根本的な治療法は確立していません。治療の中心は、症状と合併症への対症療法、そして生活の質(QOL)を保つための包括的な支援です。小児神経科医を中心に、整形外科、消化器科、循環器科、呼吸器科、歯科、リハビリテーション職、栄養士、医療ソーシャルワーカーが連携し、年齢や病期に応じて評価と介入を続けます。疾患修飾療法としては、IGF-1由来の合成ペプチドであるトロフィネチドが2023年に米国で承認されました。日本での承認状況や使えるかどうかについては、最新の情報を主治医に確認してください。MECP2遺伝子治療などの臨床試験も海外で進められていると報告されています。薬の選択や手術の適応は一人ひとり異なるため、専門医とよく相談して決めることが大切です。
- てんかんの薬物治療: 発作型に応じて、バルプロ酸、レベチラセタム、ラモトリギン、カルバマゼピンなどの抗てんかん薬から選びます。てんかんではない発作様の症状にまで薬を増やしてしまわないよう、ビデオ脳波などで発作を見極めることが重要です。難治例では食事療法や迷走神経刺激療法が検討されることもあります。
- QT延長への対策: QTを延ばす作用のある一部の抗菌薬、抗精神病薬、消化管運動改善薬などは慎重に使うか避けます。電解質バランスを保ち、定期的に心電図で確認します。
- リハビリテーション(理学・作業・言語療法): 歩行能力の維持、拘縮・変形の予防、姿勢保持、手の機能をできるだけ引き出すことを目指します。肘の装具などで常同運動をやわらげる工夫が行われることもあります。
- 拡大・代替コミュニケーション(AAC): 視線入力装置、絵カード、選択ボードなどを使い、保たれている理解力や意思を表現できるように支えます。本人の主体性とQOLの向上に直結する重要な支援です。
- 栄養・消化器管理: 食形態の調整、高エネルギー食、便秘の治療、胃食道逆流への酸分泌抑制薬などを用います。体重が増えない、誤嚥を繰り返す場合には胃瘻造設を検討します。胆嚢の病気にも注意が必要です。
- 側弯・骨の管理: 体幹装具や座位保持装置を使い、側弯の進み具合を定期的に評価します。進行した場合は脊椎固定術を検討します。ビタミンDとカルシウムの補充、可能な範囲での荷重運動で骨折を予防します。
- 呼吸・睡眠・行動症状への対応: 呼吸の異常は多くの場合経過観察となりますが、呑気による腹部膨満には腹部の圧を抜く処置などで対応します。睡眠障害には生活リズムの調整に加え、メラトニン製剤などが検討されることがあります。不安や興奮には、まず痛みや身体の不調が隠れていないかを確認します。
- 歯科・口腔ケア: 歯ぎしりによる歯の摩耗、口腔内の不衛生、誤嚥性肺炎を防ぐため、障害者歯科での定期的な管理を受けることが勧められます。
- 疾患修飾療法・臨床研究: トロフィネチド(海外で承認)や遺伝子治療など、病態に作用する治療の開発が進んでいます。国内での使用可否や臨床試験への参加については、専門施設で情報を得ることが勧められます。
レット症候群の予後・長期フォロー
生命予後は、かつて考えられていたよりもよいことが分かってきました。多くの人が成人期を迎え、40〜50歳代以降まで生活している人も少なくありません。寿命を一律の数字で示すことは難しく、個人差が大きいと考えられています。主な死因は、誤嚥性肺炎などの呼吸器感染症、てんかんに関連する事故やてんかん重積、栄養不良です。まれに不整脈や呼吸の異常に関連するとみられる突然死もあります。重症度は変異の種類、X染色体不活化の偏り、てんかんの重さなどによって大きく異なります。歩行や手の機能をある程度保つ人もいれば、早い時期から全面的な介助が必要になる人もいます。認知の面は運動障害のために低く見積もられやすく、適切なコミュニケーション支援によって本人の意思や好みを表現できることが少なくありません。
長期フォローアップでは、次の項目を定期的に評価することが勧められます。<br>・成長(頭囲・身長・体重)と栄養状態<br>・てんかんのコントロールと薬の副作用<br>・心電図(QTc)<br>・側弯(思春期は特に頻回に)<br>・骨密度とビタミンD<br>・嚥下機能、消化器症状<br>・睡眠<br>・歯科<br>・思春期の月経管理<br>・情緒・行動面<br>小児科から成人診療科への移行(トランジション)を計画的に進めることも重要です。成人後も神経内科、リハビリテーション科、地域のかかりつけ医が連携できる体制をつくっておきます。全身麻酔や手術の際には、呼吸の異常やQT延長があることを麻酔科に事前に伝えておく必要があります。
レット症候群の日常生活の注意点と公的支援(医療費助成)
日常生活では、次の点に気をつけましょう。<br>・転倒・骨折の予防:骨がもろく、痛みを訴えにくいため、移乗や介助のときは無理な力をかけないようにします。腫れや動かしたがらない様子があれば骨折を疑います。<br>・食事:姿勢を整え、食形態を工夫し、時間をかけて食べさせて誤嚥を防ぎます。水分と食物繊維で便秘を予防します。<br>・生活リズム:日光に当たる、活動と休息のメリハリをつけるなど、睡眠を整える工夫をします。<br>・体を動かす機会:歩行や立位の機会を日常的に設けることで、運動機能と骨の健康の維持につながります。<br>・薬の確認:新しい薬を処方されるときは、QT延長への注意が必要であることを医師や薬剤師に伝えます。<br>・コミュニケーション:本人は周囲の会話を理解していることが多いため、本人の前での話し方に配慮し、視線や表情によるサインを尊重しましょう。<br>・情報の携帯:緊急時に備えて、診断名、内服薬、発作時の対応、QTの情報をまとめたサマリーを持ち歩くと安心です。<br>遺伝カウンセリング:ほとんどは新たに生じた変異で、きょうだいに再び起こる確率は低いとされています。ただし、親の生殖細胞のみに変異があるモザイクや、症状の出ない保因者の母親がまれに存在するため、ゼロとはいえません。次の子どもを考える場合や、きょうだいが将来家族をつくる場合などには、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーに相談することをお勧めします。
利用できる制度・相談窓口
利用できる主な制度と相談窓口は次のとおりです。<br>・指定難病(告示番号156):診断基準を満たし、重症度分類で一定以上と認められた場合、または軽症でも医療費が高額になる場合に、医療費助成を受けられます。申請は、難病指定医の臨床調査個人票を添えて、都道府県・指定都市の窓口(多くは保健所)で行います。<br>・小児慢性特定疾病医療費助成:18歳未満(継続する場合は20歳未満まで)では、こちらの制度の対象にもなります。どちらを使うかは窓口で相談できます。<br>・障害者手帳:身体障害者手帳や療育手帳(愛の手帳など)を取得すると、補装具や日常生活用具(座位保持装置、意思伝達装置など)の給付、障害者総合支援法・児童福祉法にもとづくサービス(居宅介護、短期入所、児童発達支援、放課後等デイサービス、生活介護など)が利用しやすくなります。<br>・手当・年金:特別児童扶養手当、障害児福祉手当、成人後の特別障害者手当があります。20歳以降は、20歳前に初診日がある場合の障害基礎年金の対象となりえます。<br>・医療的ケア児への支援:医療的ケアが必要な場合は、医療的ケア児支援センターや訪問看護も活用できます。<br>・相談窓口:難病相談支援センター、地域の相談支援専門員、病院の医療ソーシャルワーカー、日本レット症候群協会などの患者家族会に相談できます。
レット症候群に伴う心のケア・心理社会的支援
診断を受けたとき、家族は、順調に育っていると思っていたわが子ができていたことを失っていく姿を目の当たりにします。そのため、喪失感、自責感、怒り、将来への強い不安を抱きやすいものです。原因のほとんどは偶然生じた遺伝子の変化であり、妊娠中や育児の仕方によって起こるものではありません。<br>介護は長期にわたり、夜間の睡眠障害やてんかんへの対応も重なるため、主な介護者は慢性的な睡眠不足や疲労、抑うつ、適応障害に陥ることがあります。きょうだいが「寂しさ」や「我慢」を抱えることにも配慮が必要です。<br>本人も、ことばで伝えられないもどかしさ、不安、環境の変化に対する強い緊張を経験しています。行動の変化の背景に、苦痛や心理的なストレスがないかを考えることが大切です。<br>家族が一人で抱え込まず、主治医、心理職、相談支援専門員、家族会に早めに相談しましょう。短期入所(レスパイト)を利用して休息をとることは、決して後ろめたいことではなく、長く支え続けるために必要なことです。
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レット症候群の受診の目安
- けいれん発作が5分以上続く、または意識が戻らないうちに発作を繰り返す場合は、救急車を要請してください。
- 顔色が悪い、唇が紫色になる、呼吸が止まっている時間がいつもより明らかに長い、ぐったりしている場合は、すぐに受診してください。
- 失神や、急に意識を失って倒れるなど、不整脈が疑われる症状があれば速やかに受診してください。
- 発熱やせきが続く、むせ込みが増える、呼吸が速く苦しそうな場合は、誤嚥性肺炎を疑って早めに受診してください。
- お腹が強く張る、嘔吐を繰り返す、数日以上便が出ない、いつもと違う激しい不機嫌が続く場合は、腸閉塞や胆嚢の病気などの可能性を考えて受診してください。
- 手足の腫れや触ると嫌がる様子、急に歩かなくなったなどの変化があれば、痛みを訴えなくても骨折を疑って受診してください。
レット症候群についてのよくある質問
Q. 遺伝子検査でMECP2の変異が見つからなかったら、レット症候群ではないのですか?
A. レット症候群の診断は臨床症状にもとづいて行うため、変異が見つからなくても診断基準を満たせばレット症候群と診断されます。ただし、CDKL5やFOXG1など他の遺伝子が原因の病気の可能性もあるため、追加の遺伝学的検査を主治医と相談するとよいでしょう。
Q. 症状はずっと悪くなり続けるのですか?
A. 退行は主に幼児期に起こり、その後は多くの場合安定し、目による意思疎通などはむしろ改善することがあります。思春期以降に運動機能が低下することはありますが、神経細胞が次々と失われていく進行性の病気とは異なります。
Q. 次の子どもやきょうだいにも起こりますか?
A. 大部分は親から受け継いだものではない新たな変異のため、再び起こる確率は低いとされています。ただし、まれに親のモザイクや保因者の可能性があるため、遺伝カウンセリングで個別に確認することをお勧めします。
Q. 根本的な治療法はありますか?
A. 海外では病態に作用する新しい薬が承認され、遺伝子治療の臨床試験も進められています。国内で使えるかどうかや臨床試験への参加については、専門医から最新の情報を得てください。
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この記事について
最終更新: 2026-10-18。発行: 株式会社Medi Face。本ページは、MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター、各学会の診断基準・診療ガイドラインなどの公的・専門的情報を参照して作成した一般的な医学情報であり、診断・治療の代替ではありません。個別の診療は主治医・専門医にご相談ください。参考: MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター。記載内容に誤りや古い情報を見つけた場合はお問い合わせからお知らせください。