マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群
Marfan Syndrome / Loeys-Dietz Syndrome
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群(Marfan Syndrome / Loeys-Dietz Syndrome)|マルファン症候群とロイス・ディーツ症候群は、全身の結合組織の強さとしなやかさを保つしくみに生まれつきの異常がある遺伝性疾患です。大動脈瘤・大動脈解離という命に関わる心血管合併症に加え、骨格、眼、肺、皮膚などに多彩な症状が出ます。乳幼児から成人まで幅広い年代で診断されます。適切な診断と定期的な画像検査、薬物療法、予防的手術によって、生命予後は大きく改善しています。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群の要点
マルファン症候群とロイス・ディーツ症候群は、FBN1遺伝子やTGF-βシグナル経路の遺伝子の異常で結合組織が弱くなる遺伝性疾患です。大動脈瘤・大動脈解離のほか骨格や眼の症状が出ます。国の指定難病で、医療費助成の対象です。
| 別名・略称 | MFS、LDS、Marfan症候群、ロイズ・ディーツ症候群、Marfan syndrome、Loeys-Dietz syndrome |
|---|---|
| 分野 | 骨・関節・結合組織疾患 |
| 遺伝形式 | 常染色体顕性(優性)遺伝 |
| 好発年齢 | 乳幼児から成人まで幅広い年代で診断される |
| 主な症状 | 大動脈基部拡張・大動脈解離、水晶体偏位、高身長・くも状指・側弯などの骨格症状 |
| 主な検査 | 心エコー・CT/MRIによる大動脈の評価、眼科検査、遺伝学的検査、改訂Ghent基準による診断 |
| 主な治療 | 薬物療法、定期的な画像検査、予防的な大動脈手術 |
| 受診する主な診療科 | 循環器内科、心臓血管外科、遺伝診療科など |
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群とは
マルファン症候群(Marfan syndrome:MFS)は、細胞外マトリックスの微細線維(マイクロフィブリル)の主成分であるフィブリリン-1をコードするFBN1遺伝子の病的バリアントによって起こる常染色体顕性(優性)遺伝性の結合組織疾患です。主な症状は、大動脈基部拡張と大動脈解離、水晶体偏位(水晶体亜脱臼)、高身長・長い四肢・くも状指・胸郭変形・側弯などの骨格症状です。ロイス・ディーツ症候群(Loeys-Dietz syndrome:LDS)は、TGF-β(トランスフォーミング増殖因子β)シグナル伝達経路の遺伝子異常によって起こる近縁疾患です。マルファン症候群と似た骨格・血管症状を示しますが、より若年で、より小さい大動脈径でも解離を起こしやすいこと、全身の動脈に瘤や蛇行がみられることが特徴です。
マルファン症候群は1896年にフランスの小児科医Antoine Marfanが骨格異常を報告したことに始まります。1991年にFBN1が原因遺伝子として同定されました。診断には、1996年のGhent基準を改訂した改訂Ghent基準(2010年)が国際的に用いられています。ロイス・ディーツ症候群は、2005年にLoeysとDietzらが、眼間開離、口蓋垂裂/口蓋裂、全身の動脈蛇行・動脈瘤を特徴とする新しい症候群として報告しました。原因遺伝子によって、TGFBR1(1型)、TGFBR2(2型)、SMAD3(3型、動脈瘤-骨関節炎症候群とも呼ばれる)、TGFB2(4型)、TGFB3(5型)、SMAD2(6型)などに分類されます。日本では、マルファン症候群は指定難病167として医療費助成の対象です。2024年度からはロイス・ディーツ症候群も含めた「マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群」として位置づけられています(最新の対象範囲は難病情報センター等で確認してください)。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群の疫学・患者数
マルファン症候群の有病率は、海外の報告でおよそ3,000〜10,000人に1人(よく引用されるのは約5,000人に1人)とされ、人種・民族や性別による大きな差はないと考えられています。この頻度から単純に推計すると、日本にも1万人を超える患者がいる可能性があります。ただし、軽症例や未診断例が多く、医療費助成の受給者数は実際の患者数の一部にとどまるとみられます。約4分の3は親から遺伝した例で、残りの約25%は家族歴のない新生(de novo)変異によるとされます。ロイス・ディーツ症候群はさらにまれで、正確な有病率は分かっていません。遺伝子検査の普及とともに、診断される例が増えています。発症年齢には幅があり、新生児期に重い弁膜症や心不全で見つかる「新生児マルファン症候群」もあれば、成人してから大動脈解離や健診の心エコーで初めて気づかれる例もあります。同じ家系・同じ変異でも症状の重さには大きな個人差があります(表現度の多様性)。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群の原因・病態生理
両疾患とも常染色体顕性遺伝で、片方の親から病的バリアントを受け継ぐと発症します。子に伝わる確率は性別にかかわらず50%です。マルファン症候群の原因であるFBN1は15番染色体長腕(15q21.1)にあり、これまでに数千種類以上のバリアントが報告されています。システイン置換などのミスセンス変異では、異常なフィブリリンが正常なフィブリリンの機能も妨げます(ドミナントネガティブ効果)。一方、ナンセンス変異などでは産生量が半分程度に減ります(ハプロ不全)。後者は大動脈病変がより重い傾向があるとする報告があります。エクソン24〜32付近の変異は、新生児マルファン症候群のような重症型と関連することが知られています。ロイス・ディーツ症候群の原因はTGFBR1、TGFBR2、SMAD2、SMAD3、TGFB2、TGFB3で、いずれもTGF-β経路の受容体、細胞内伝達分子、リガンドをコードしています。
フィブリリン-1が集まってできるマイクロフィブリルは、弾性線維の骨格となり、大動脈壁、水晶体を支えるチン小帯、骨膜、皮膚などに豊富に存在します。マイクロフィブリルには、潜在型TGF-β結合タンパク(LTBP)を介して不活性型TGF-βをつなぎとめておく働きもあります。フィブリリン-1が不足すると、構造的に組織が弱くなるだけでなく、TGF-βが過剰に活性化されます。その結果、中膜の弾性線維の断裂、平滑筋細胞の脱落、プロテオグリカンの沈着(いわゆる嚢胞性中膜壊死・中膜変性)が進み、大動脈壁が拡張していきます。この発見をもとに、マウスモデルではTGF-βを抑えるARB(ロサルタン)が大動脈拡張を防いだと報告され、臨床試験が行われました。ロイス・ディーツ症候群では、TGF-β経路の機能を損なう変異であるにもかかわらず、大動脈壁ではリン酸化SMAD2などTGF-βシグナルが亢進した所見がみられます。この「パラドックス」は代償機構の関与などで説明が試みられており、病態には未解明の部分が残っています。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群の症状
- 大動脈基部拡張・大動脈瘤: バルサルバ洞を中心とした大動脈基部が少しずつ拡張し、自覚症状がないまま進みます。ロイス・ディーツ症候群では、頭頸部・腹部・四肢を含む全身の動脈に瘤ができることがあります。
- 大動脈解離: 大動脈の壁が内膜から裂けて血液が壁の中に流れ込む状態で、突然の激しい胸背部痛を起こし、命に関わります。主にA型解離(上行大動脈を含むもの)が問題になりますが、手術後には遠位の大動脈にB型解離が起こることもあります。
- 弁膜症(大動脈弁逆流・僧帽弁逸脱): 基部拡張に伴って大動脈弁逆流が生じ、僧帽弁逸脱・逆流も高い頻度でみられます。重症化すると心不全や不整脈の原因になります。
- 動脈蛇行と特徴的な顔貌(LDS): ロイス・ディーツ症候群では頸部などの動脈が強く蛇行し、眼間開離、口蓋垂裂・口蓋裂、頭蓋骨早期癒合などを伴うことがあります。顔の特徴が目立たない例も少なくありません。
- 水晶体偏位(水晶体亜脱臼): マルファン症候群の約半数以上にみられ、多くは上方・耳側にずれます。強い近視、乱視、視力低下、単眼複視の原因となり、ロイス・ディーツ症候群では通常みられない点が鑑別に役立ちます。
- その他の眼症状: 眼軸が長いことによる強度近視、網膜剥離、若年での白内障・緑内障、扁平な角膜などがみられ、小児期の弱視にも注意が必要です。
- 骨格症状: 高身長、腕を広げた長さ(指極)が身長より長い、くも状指(手首徴候・母指徴候)、漏斗胸・鳩胸、側弯症、扁平足や後足部の外反、関節の過可動性などがみられます。
- 頸椎不安定性・内反足など(LDS): ロイス・ディーツ症候群では、頸椎の不安定性や奇形、内反足、関節の過可動性が多く、麻酔や手術の際にも注意が必要です。
- 自然気胸・肺の異常: 肺尖部のブラ(肺嚢胞)が破れて自然気胸を起こしやすく、再発することもあります。
- 硬膜拡張症: 腰仙部の脊柱管を包む硬膜が拡張する状態で、腰痛や下肢痛、起立時の頭痛(脳脊髄液漏出による低髄液圧症状)の原因となることがあります。
- 皮膚症状: 急な体重変化がなくても背部・腰部などに皮膚線条ができます。ロイス・ディーツ症候群では皮膚が薄く透けやすい、あざができやすい、傷あとが広がりやすいといった特徴がみられます。
- アレルギー・消化管症状(LDS): ロイス・ディーツ症候群では、食物アレルギー、喘息、好酸球性食道炎などの好酸球性消化管疾患を合併しやすいことが報告されています。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群の経過と合併症
大動脈基部の拡張は小児期から始まり、成長とともに進行するのが一般的です。拡張の速度は個人差が大きく、年に数mm拡大する例もあれば、長年ほとんど変化しない例もあります。解離のリスクは大動脈径が大きいほど、また拡張が速いほど高くなります。家族に解離の既往がある場合もリスクが高いと考えられています。予防的手術が普及する前の1970年代初めには、平均死亡年齢は30歳代前半(約32歳)と報告されていました。死因の多くは大動脈解離・破裂と弁膜症による心不全でした。ロイス・ディーツ症候群は、マルファン症候群より小さい径で、より若い年齢で解離・破裂を起こす傾向があるとされます。ただし重症度は原因遺伝子や家系によって幅があり、TGFB2・TGFB3関連では比較的軽症な例も多いと報告されています。新生児マルファン症候群は重い僧帽弁・三尖弁逆流で乳児期に心不全となることが多く、予後は不良です。
主な合併症には、大動脈解離・破裂、大動脈弁逆流・僧帽弁逆流による心不全、心室性不整脈(突然死の一因とされる)、感染性心内膜炎があります。大動脈基部置換術を受けた後も、残った弓部・下行・腹部大動脈が拡張したり解離したりすることがあり、生涯にわたる監視が必要です。眼では網膜剥離、緑内障、白内障が、骨格では進行性の側弯による呼吸機能の低下や腰痛が問題になります。そのほか、再発性気胸、睡眠時無呼吸(上気道の形態による)、妊娠・分娩時の大動脈解離もみられます。ロイス・ディーツ症候群では、頭頸部動脈瘤による脳血管合併症、頸椎不安定性による脊髄障害、さらに子宮・脾臓・腸管などの臓器破裂も報告されています。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群の診断・診断基準
診断は、身体所見(骨格・皮膚)、心エコーによる大動脈径の評価、眼科検査、家族歴、遺伝学的検査を総合して行います。マルファン症候群には改訂Ghent基準が用いられ、なかでも「大動脈基部拡張」と「水晶体偏位」が中心的な所見です。大動脈径は体格の影響を受けるため、体表面積で補正したZスコアで評価します。家族歴がない場合は、次の4つのいずれかで診断します。①大動脈基部Zスコア≧2と水晶体偏位、②大動脈基部拡張とFBN1病的バリアント、③大動脈基部拡張と全身スコア7点以上、④水晶体偏位と、大動脈病変との関連が知られたFBN1バリアント。いずれの場合も、類似疾患の除外が前提です。ロイス・ディーツ症候群は、臨床所見だけではマルファン症候群との区別が難しいことが多く、診断には原因遺伝子の同定が重要です。診断後は、頭から骨盤まで全身の動脈を画像で評価します。小児では成長に伴って所見がそろってくるため、診断を確定できなくても経過観察を続けることが大切です。
- 改訂Ghent基準(2010年): 大動脈基部拡張と水晶体偏位を軸に、家族歴、FBN1バリアント、全身スコアを組み合わせて判定する国際的な診断基準です。家族歴がある場合は、水晶体偏位、全身スコア7点以上、大動脈基部拡張(20歳以上でZ≧2、20歳未満でZ≧3)のいずれかで診断されます。
- 全身スコア(systemic score): 手首徴候と母指徴候(両方で3点)、鳩胸(2点)、後足部変形(2点)、気胸(2点)、硬膜拡張(2点)、寛骨臼底突出(2点)、側弯、肘の伸展制限、顔貌、皮膚線条、−3D超の近視、僧帽弁逸脱などを点数化します(最高20点)。7点以上で陽性です。
- 心臓超音波検査(心エコー): バルサルバ洞径を体表面積で補正したZスコアで評価し、上行大動脈径、大動脈弁・僧帽弁の逆流や逸脱も評価します。診断時と経過観察の基本となる検査で、拡大速度の把握にも用いられます。
- CT血管造影/MR血管造影: 大動脈全体と主要な分枝の径、解離の有無、術後の状態を評価します。ロイス・ディーツ症候群では、頭蓋内から骨盤までの動脈瘤や蛇行を確認するために重要です。被曝を避けたい若年者や繰り返しの検査ではMRIが選ばれることが多いです。
- 眼科検査(散瞳下細隙灯顕微鏡検査など): 十分に散瞳したうえで水晶体偏位の有無と方向を確認し、屈折、眼軸長、眼圧、眼底(網膜剥離・格子状変性)も評価します。水晶体偏位があれば、マルファン症候群の可能性が強く示唆されます。
- 遺伝学的検査: FBN1、TGFBR1/2、SMAD3、TGFB2/3などを含む遺伝子パネル解析で、診断の確定、病型の判定、血縁者の発症前診断に役立ちます。結果の解釈や家族への影響について、遺伝カウンセリングを併せて受けることが勧められます(保険診療の対象となる条件は医療機関で確認してください)。
- 脊椎・骨盤の画像検査: 腰仙部MRIで硬膜拡張を、骨盤X線で寛骨臼底突出を、全脊椎X線で側弯を評価します。ロイス・ディーツ症候群では、頸椎の動態撮影で不安定性を確認します。
- 心電図・ホルター心電図・胸部CT: 不整脈やQT延長の評価、気胸の原因となるブラの確認に用いられます。動悸や失神がある場合、手術前の評価にも有用です。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群と鑑別すべき疾患
- 血管型エーラス・ダンロス症候群: COL3A1異常による疾患で、中型動脈や腸管・子宮の破裂が主体です。高身長やくも状指は目立たず、皮膚が薄く透けて静脈が見えることや、あざができやすいことが特徴です。
- ホモシスチン尿症: マルファン様体型と水晶体偏位を示しますが、水晶体は下方にずれることが多く、知的障害、血栓症、血中ホモシステインの著明な上昇で区別されます。
- 家族性胸部大動脈瘤・解離(ACTA2、MYH11など): 胸部大動脈瘤・解離が家族内に集積しますが、骨格・眼の症状が乏しく、遺伝子検査で区別されます。
- 先天性拘縮性くも状指症(ビールズ症候群)/シュプリンツェン・ゴールドバーグ症候群: 前者はFBN2異常で耳介のしわと関節拘縮が特徴で、大動脈病変はまれです。後者はSKI異常で頭蓋骨早期癒合と知的障害を伴います。
- MASS表現型・家族性水晶体偏位症候群: FBN1関連の軽症型で、僧帽弁逸脱、軽度の大動脈拡張、骨格・皮膚所見、あるいは水晶体偏位のみがみられ、改訂Ghent基準の診断要件を満たしません。
- 大動脈二尖弁に伴う大動脈拡張・高安動脈炎: 二尖弁では上行大動脈が拡張しやすく、高安動脈炎では炎症反応と動脈壁の肥厚・狭窄を伴います。全身の結合組織所見がないことが区別の手がかりです。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群の治療
現時点で原因そのものを治す治療はありません。治療の中心は、大動脈拡張の進行を遅らせ、解離が起こる前に予防的手術を行うことです。そのため、心エコーやMRIによる定期的な大動脈径の測定、血行動態のストレスを減らす薬物療法、適切な時期の手術を組み合わせます。眼科・整形外科・呼吸器科・産科・遺伝診療部門などが連携した多職種での管理が望まれます。ロイス・ディーツ症候群では全身の動脈を監視する必要があり、手術を考える大動脈径もマルファン症候群より小さく設定されます。治療方針は年齢、病型、大動脈径とその変化、家族歴、妊娠希望などによって個別に決まるため、専門医とよく相談することが大切です。
- β遮断薬: アテノロール、プロプラノロールなどが用いられます。心拍数と心臓の収縮力を抑えて大動脈壁への負担を減らし、拡張の進行を遅らせることを目的とする、長く標準とされてきた治療です。喘息がある場合などでは使えないことがあり、薬の選択や量は主治医が判断します。
- アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB): ロサルタンなどがTGF-βシグナルを抑える作用を期待して研究されてきました。臨床試験ではβ遮断薬とほぼ同等の効果とされ、複数の試験をまとめた解析では大動脈基部拡張を遅らせる効果が示されています。β遮断薬との併用や、β遮断薬が使えない場合の代わりとして使われます。マルファン症候群に対する保険上の適応については主治医に確認してください。
- その他の降圧薬・血圧管理: β遮断薬やARBが使えない場合や、血圧が十分に下がらない場合に、ほかの降圧薬が検討されることがあります。血圧を低めに保つことは、術後や解離後の管理でも重要です。
- 予防的大動脈基部置換術: マルファン症候群では、大動脈基部径がおよそ50mm以上が目安とされます。急速な拡大(年3〜5mm程度以上)、解離の家族歴、重い弁逆流、妊娠希望がある場合は、より小さい径(45mm前後)で検討されます。ロイス・ディーツ症候群では、原因遺伝子やリスク因子に応じて、さらに小さい径での手術が検討されます。
- 手術方式(自己弁温存術とBentall手術): 弁の状態が良ければ、自己の大動脈弁を残す自己弁温存基部置換術(David手術=再植込み法、Yacoub手術=リモデリング法)が選ばれることが多く、術後の抗凝固療法が不要という利点があります。弁の変性が強い場合は、人工弁付き人工血管で置換するBentall手術が行われ、機械弁ではワルファリンによる生涯の抗凝固療法が必要です。
- 大動脈解離・遠位大動脈病変の治療: 急性A型解離は緊急手術の対象です。B型解離や弓部・下行大動脈瘤は、降圧治療と経過観察、または人工血管置換術で治療します。結合組織疾患ではステントグラフト治療(TEVAR)の長期成績に課題があるとされ、適応は慎重に判断されます。
- 僧帽弁・不整脈の治療: 重い僧帽弁逆流には弁形成術や弁置換術を検討します。症状のある不整脈には抗不整脈薬やカテーテル治療を行い、突然死のリスクが高い場合は植込み型除細動器(ICD)が検討されることもあります。
- 眼科的治療: 眼鏡やコンタクトレンズによる屈折矯正を行い、小児では弱視訓練を行います。視力障害の強い水晶体偏位には水晶体摘出術・眼内レンズ挿入(縫着や強膜内固定など)を、網膜剥離には硝子体手術や強膜バックリングを行います。
- 整形外科・呼吸器科的治療: 側弯には装具療法や脊椎固定術、重い漏斗胸には胸郭形成術を行います。気胸には胸腔ドレナージを行い、再発例では胸腔鏡下手術を行います。ロイス・ディーツ症候群の頸椎不安定性には固定術が検討されます。いずれも、出血や組織の脆弱性を考慮した周術期管理が必要です。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群の予後・長期フォロー
予防的大動脈基部置換術、β遮断薬などの薬物療法、定期的な画像検査が普及したことで、マルファン症候群の生命予後は大きく改善しました。適切に管理されている患者の平均余命は、一般人口に近づいていると報告されています。自己弁温存術の長期成績も良好で、多くの患者が就学・就労・家庭生活を送っています。ただし、基部置換後も残った大動脈に解離や瘤ができることがあり、再手術を要する場合もあります。ロイス・ディーツ症候群は、かつては非常に予後不良と考えられていました。現在では、早期診断と積極的な画像監視・予防的手術によって予後が改善しつつあり、病型や家系によって重症度が大きく異なることも分かってきました。生活の質(QOL)には、視力障害、慢性的な腰痛や関節痛、易疲労感、運動制限、外見に関する悩みなども影響します。
長期フォローアップでは、大動脈が安定していれば少なくとも年1回の心エコーを行います。拡張が進行している場合や手術が近い場合は、より短い間隔で検査します。数年ごとにMRIやCTで大動脈全体を評価し、ロイス・ディーツ症候群では頭頸部から骨盤までの動脈も定期的に確認します。術後も、人工血管の吻合部や残った大動脈の監視を生涯続けます。眼科は年1回程度の診察が目安で、小児では成長期の側弯や視力の変化にも注意します。小児科から成人診療科への移行(トランジション)の時期に通院が途切れないようにすることも重要です。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群の日常生活の注意点と公的支援(医療費助成)
運動は一律に禁止されるわけではありません。ウォーキング、軽いジョギング、水泳(競技レベルでないもの)などの中等度以下の有酸素運動は、体力と心の健康のために勧められることが多いです。一方、重量挙げのような力む運動(息こらえによる急な血圧上昇)、ラグビーや格闘技のような接触の多い競技、急な加速・減速を繰り返す競技は避けるよう指導されることが一般的です。眼の病変がある場合は、頭部への衝撃にも注意が必要です。部活動や職業の選択は、大動脈径や病型をふまえて主治医と相談してください。高血圧の管理と禁煙、刺激物(覚醒作用の強い薬物など)の回避も大切です。一部の抗菌薬(フルオロキノロン系)は大動脈瘤との関連が報告されているため、受診時にはマルファン症候群であることを必ず伝えましょう。病名や手術歴、服薬を記したカードを携帯すると、救急の際に役立ちます。妊娠・出産は、大動脈解離のリスクが高まる時期です。妊娠前に循環器医・産科医と相談し、大動脈径の評価(径が大きい場合は妊娠前の手術も検討されます)、妊娠中の厳重な監視、分娩方法の計画を立てることが重要です。常染色体顕性遺伝のため子に50%の確率で遺伝すること、血縁者に未診断の患者がいる可能性があることから、親・きょうだい・子への検査(心エコー、遺伝学的検査)と遺伝カウンセリングの利用が勧められます。
利用できる制度・相談窓口
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群は指定難病で、診断基準と重症度基準を満たし、指定医の臨床調査個人票をもとに認定されると、医療費の自己負担割合の軽減と所得に応じた月額上限が適用されます。重症度基準を満たさない場合でも、医療費が一定以上かかる場合は「軽症高額該当」として助成を受けられることがあります。18歳未満(継続の場合は20歳未満)では小児慢性特定疾病医療費助成の対象となっており、自立支援事業なども利用できます(具体的な対象疾病名・認定基準は自治体の窓口で確認してください)。心臓機能障害や視覚障害、肢体不自由の程度によっては身体障害者手帳を申請でき、人工弁置換・人工血管置換後や視力障害の程度によっては障害年金の対象となる場合があります。高額療養費制度も併せて利用できます。相談窓口としては、各都道府県の難病相談支援センター、保健所、医療機関の医療ソーシャルワーカー、遺伝カウンセリング外来があり、患者会(日本マルファン協会など)では療養生活の情報交換ができます。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群に伴う心のケア・心理社会的支援
生涯にわたる通院と画像検査、いつ起こるか分からない大動脈解離への不安、運動や職業・妊娠に関する制限は、大きな心理的負担になります。慢性疾患をもつ人には、抑うつ、不安障害、適応障害がみられることが少なくありません。この疾患に特有の課題としては、まず小児・思春期の悩みがあります。高身長や胸郭変形、眼鏡などの外見の違いや、体育・部活動への参加制限が、自己肯定感の低下や孤立につながることがあります。成人期には、就職・結婚・妊娠の場面で病気や遺伝をどう伝えるかという悩みが生じます。親は子に遺伝させたことへの罪悪感を抱きやすく、家族が若くして解離で亡くなった経験がある場合は、トラウマや強い不安を抱えていることもあります。急性大動脈解離や緊急手術を経験した後に、心的外傷後ストレス症状が出ることもあります。「気持ちが落ち込む」「眠れない」「検査結果が怖くて受診を避けてしまう」といった状態は、我慢せず主治医に伝えてください。臨床心理士、精神科・心療内科、遺伝カウンセラー、患者会などの支援を受けることは、病気と前向きに付き合うための大切な一歩です。
Medi Faceでは、慢性疾患に伴うこころの不調についてのオンライン相談も行っています。お問い合わせはこちら。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群の受診の目安
- 突然の激しい胸痛・背部痛・腹痛(引き裂かれるような痛みや移動する痛み)が起きたら、ためらわず119番通報し、マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群であることを伝えてください。
- 突然の息切れや片側の胸痛は気胸の可能性があるため、速やかに救急受診してください。
- 失神、強い動悸、意識が遠のく感じ、片側の手足の麻痺やろれつが回らない症状が出た場合は、すぐに救急受診が必要です。
- 急に光が走る、黒い点や虫のようなものが多数見える、視野の一部が欠ける・カーテンがかかったように見える場合は、網膜剥離の可能性があるため当日中に眼科を受診してください。
- 息切れ、むくみ、疲れやすさが増すなど、心不全を疑う症状が出てきたら、予定より早めに主治医を受診してください。
- 妊娠が分かったとき、または妊娠を希望するときは、早めに循環器医と産科医に相談してください。
マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群についてのよくある質問
Q. 背が高くて指が長いと、マルファン症候群なのでしょうか?
A. 高身長や長い指は健康な人にもよくみられる特徴で、それだけで診断されることはありません。診断には、大動脈基部の拡張、水晶体偏位、全身の複数の所見、家族歴、遺伝子検査を総合的に評価する必要があります。家族に大動脈解離や若年での突然死がある場合は、専門医に相談し、心エコーと眼科検査を受けることが勧められます。
Q. 薬を飲めば手術は不要になりますか?
A. β遮断薬やARBは大動脈の拡張を遅らせることが期待されますが、拡張を完全に止めたり、元に戻したりする効果は確立していません。そのため、薬を飲んでいても定期的な画像検査を続け、大動脈径が基準に近づいたら予防的手術を検討します。解離が起きてからの緊急手術より、計画的な予防手術のほうがはるかに安全です。
Q. 妊娠・出産はできますか?
A. 多くの患者が妊娠・出産を経験していますが、妊娠中から産後にかけては大動脈解離のリスクが高まります。大動脈径が大きい場合は、妊娠前に手術を検討するよう勧められることがあります。妊娠前から循環器医・産科医と計画を立て、妊娠中も定期的に心エコーを受けられる医療機関で管理することが大切です。
Q. 子どもに遺伝しますか?家族も検査を受けるべきですか?
A. 常染色体顕性遺伝のため、子に病的バリアントが伝わる確率は1回の妊娠ごとに50%です。症状が軽くて気づかれていない血縁者もいるため、親・きょうだい・子が心エコーや眼科検査、遺伝学的検査を受けることが勧められます。検査を受けるかどうか、結果をどう受け止めるかについては、遺伝カウンセリングで十分に相談できます。
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この記事について
最終更新: 2026-10-18。発行: 株式会社Medi Face。本ページは、MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター、各学会の診断基準・診療ガイドラインなどの公的・専門的情報を参照して作成した一般的な医学情報であり、診断・治療の代替ではありません。個別の診療は主治医・専門医にご相談ください。参考: MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター。記載内容に誤りや古い情報を見つけた場合はお問い合わせからお知らせください。