多系統萎縮症

Multiple System Atrophy, MSA

多系統萎縮症(Multiple System Atrophy, MSA)|多系統萎縮症(MSA)は、成人期(多くは50〜60歳代)に発症し、自律神経障害に加えて小脳性運動失調またはパーキンソニズムが進行する神経変性疾患です。原因は完全には解明されていませんが、脳内のオリゴデンドログリアにαシヌクレインという蛋白が異常に蓄積することが病理学的な特徴です。歩行、会話、嚥下、排尿、血圧調節、睡眠中の呼吸など生活の多くの場面に影響するため、医療・リハビリテーション・介護・福祉を組み合わせた長期的な支援が重要です。

多系統萎縮症の要点

多系統萎縮症は、オリゴデンドログリアにαシヌクレインが蓄積し、小脳・大脳基底核・自律神経系が変性する神経変性疾患です。成人期(多くは50〜60歳代)に発症し、自律神経障害に加え小脳性運動失調やパーキンソニズムが進行し、歩行・排尿・血圧調節などに影響する国の指定難病です。

別名・略称MSA、オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、線条体黒質変性症(SND)、シャイ・ドレーガー症候群、MSA-C(小脳型)、MSA-P(パーキンソン型)
分野神経・筋疾患
遺伝形式ほとんどが孤発性(家族内発症は通常なし)
好発年齢成人期(多くは50〜60歳代)
主な症状自律神経障害、小脳性運動失調、パーキンソニズム
病型MSA-C(小脳型)とMSA-P(パーキンソン型)
主な治療根治療法はなく、対症療法とリハビリテーション
受診する主な診療科神経内科

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多系統萎縮症とは

MSAは、小脳とその入出力系(オリーブ核・橋核・中小脳脚)、大脳基底核(被殻・黒質)、自律神経系(脊髄中間外側核、仙髄オヌフ核、迷走神経背側核など)という複数の神経系統が並行して変性することから名付けられました。パーキンソン病やレビー小体型認知症とともに、αシヌクレインが蓄積する「シヌクレイノパチー」に分類されます。パーキンソン病ではαシヌクレインが主に神経細胞内(レビー小体)に蓄積しますが、MSAでは髄鞘を作るオリゴデンドログリアの細胞質内にグリア細胞質内封入体(GCI、Papp-Lantos小体)として蓄積する点が本質的に異なります。孤発性(家族内発症がない)がほとんどで、成人に発症し、自然軽快せず進行するのが原則です。なお、既存の簡易解説にある「筋力低下」は本症の中核症状ではありません。また「小刻み歩行」は運動失調ではなくパーキンソニズムに伴う症状であるため、本稿では症状を整理し直しています。

歴史的には、小脳症状が目立つオリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、パーキンソニズムが目立つ線条体黒質変性症(SND)、起立性低血圧などの自律神経不全が目立つシャイ・ドレーガー症候群が、それぞれ別の病気として報告されていました。1969年にGrahamとOppenheimerがこれらを同一疾患の異なる表現型とみなして「多系統萎縮症」の名称を提唱しました。さらに1989年にGCIが共通の病理所見として見いだされ、疾患概念が確立しました。現在は、診察時に優位な運動症状によってMSA-C(小脳型)とMSA-P(パーキンソン型)に分類されます。日本を含む東アジアではMSA-Cが多く、欧米ではMSA-Pが多いとされています。ただし病型は固定したものではなく、経過とともに両方の症状が混在してくることが一般的です。日本の制度上は、脊髄小脳変性症(SCD)のうち孤発性で最も多いのがMSA-Cにあたり、指定難病としては「多系統萎縮症」として独立して扱われています。

多系統萎縮症の疫学・患者数

日本の有病率は人口10万人あたり数人から十数人程度と推定されています。指定難病の医療受給者証の所持者数は1万人を超える規模で推移しており、孤発性の脊髄小脳変性症のなかでは最も頻度の高い疾患です。発症年齢は平均で50歳代後半から60歳前後とされ、30歳未満の発症は極めてまれです。性差は明確ではないか、やや男性に多いとする報告があります。国内では小脳型(MSA-C)が全体のおよそ6〜7割を占めると報告されており、欧米とは病型分布が異なります。この違いには遺伝的背景の関与が推測されています。

多系統萎縮症の原因・病態生理

MSAの大部分は孤発性で、明らかな遺伝形式はありません。ただし、きわめてまれに家族内発症の報告があります。日本の研究では、コエンザイムQ10の合成に関わるCOQ2遺伝子の変異や多型が、家族性・孤発性MSAの発症リスクと関連するという報告があります。一方で、この関連は人種間で一貫しておらず、日常診療で遺伝子検査によりMSAと確定することはありません。農薬や有機溶媒などの環境要因との関連も検討されていますが、確立した危険因子はありません。病理学的には、αシヌクレインが異常に折りたたまれて凝集し、オリゴデンドログリア内にGCIとして蓄積することが中心的な所見です。これに続いて髄鞘の障害、ミクログリアの活性化による神経炎症、神経細胞の脱落が生じると考えられています。

本来αシヌクレインは主に神経細胞に存在する蛋白です。なぜオリゴデンドログリアに大量に蓄積するのかは完全には分かっていませんが、神経細胞から放出されたαシヌクレインをグリアが取り込む機序や、髄鞘蛋白であるTPPP/p25αの異所性の局在などが関与すると考えられています。凝集したαシヌクレインは、正常な分子を次々に異常型へ変換しながら細胞間を伝播する「プリオン様」の性質を持つとされます。MSA由来の凝集体はパーキンソン病由来のものと構造(ストレイン)が異なり、より強い伝播能を持つという実験報告があります。オリゴデンドログリアが障害されると、神経細胞への栄養支持(神経栄養因子の供給など)が損なわれ、神経細胞死が二次的に進みます。障害される部位と臨床症状の対応は次のとおりです。被殻・黒質の障害はレボドパが効きにくいパーキンソニズムを、橋核・中小脳脚・小脳の障害は運動失調を引き起こします。脊髄中間外側核の障害は起立性低血圧を、オヌフ核や橋排尿中枢の障害は排尿障害や勃起障害を、延髄の呼吸関連ニューロンや疑核の障害は睡眠時無呼吸や声帯外転麻痺を生じます。被殻のドパミン受容体を持つ神経細胞そのものが失われるため、ドパミンを補充しても効果が乏しいことが、パーキンソン病との大きな違いです。

多系統萎縮症の症状

  • 起立性低血圧: 立ち上がった際に血圧が大きく下がり、立ちくらみ、ふらつき、首から肩のこわばり(コートハンガー痛)、失神をきたします。食後や入浴後、暑い環境で悪化しやすいのが特徴です。
  • 排尿障害: 尿意切迫・頻尿・尿失禁などの蓄尿障害と、尿が出にくい・残尿が多いといった排出障害が混在します。運動症状より先に出現することも少なくありません。
  • 勃起障害・性機能障害: 男性では勃起障害が最も早期に現れる自律神経症状の一つとされ、発症の数年前から自覚されることがあります。
  • 便秘・発汗障害: 腸管運動の低下による頑固な便秘や、発汗の減少(体温調節の障害によるうつ熱)がみられます。手足が冷たく紫色になる(冷たく変色した手)こともあります。
  • 小脳性運動失調: 足を広げてふらつく歩行、手の動きのぎこちなさ、ろれつが回りにくく途切れがちな話し方(失調性構音障害)、眼振などが現れます。MSA-Cの中心症状です。
  • パーキンソニズム: 動作が遅く小さくなる、筋肉がこわばる、すくみ足や小刻み歩行、姿勢反射障害などがみられます。パーキンソン病と比べて左右差が少なく、進行が速く、レボドパの効果が乏しいか短期間に限られる傾向があります。
  • 早期からの転倒・姿勢異常: 発症から比較的早い段階で転倒を繰り返しやすくなります。首が前に強く垂れる首下がり(前屈)や、体幹が横や前に傾く姿勢異常(ピサ症候群・腰曲がり)を伴うことがあります。
  • 構音障害・嚥下障害: 声が小さくかすれる、こもる、震えるといった変化が目立ちます。進行とともにむせや飲み込みにくさが強くなり、誤嚥の原因となります。
  • 睡眠関連呼吸障害・喘鳴: 睡眠中の「ヒューヒュー」という高調性のいびき様の音(吸気性喘鳴)は、声帯が開きにくくなる声帯外転障害のサインです。中枢性・閉塞性の睡眠時無呼吸や、日中の不規則なため息様呼吸もみられます。
  • レム睡眠行動異常症(RBD): 夢の内容に合わせて寝言や大声を出したり、手足を激しく動かしたりします。多くの患者でみられ、運動症状に先行する前駆症状となることがあります。
  • 情動失禁・認知機能の変化: 些細なことで泣いたり笑ったりが止まらなくなる情動失禁がみられることがあります。また、注意力や遂行機能(段取りを立てる力)の低下が生じることがありますが、早期から高度な認知症が目立つことは典型的ではありません。
  • 錐体路徴候・不随意運動: 腱反射の亢進やバビンスキー徴候がみられることがあります。また、安静時よりも姿勢時や動作時に不規則にぴくつくような振戦(ミオクローヌス様の振戦)が出ることがあります。

多系統萎縮症の経過と合併症

MSAは発症後、比較的速い速度で進行します。勃起障害、排尿障害、RBDなどの前駆症状が、運動症状より数年先行することがあります。国内の追跡研究では、発症から中央値でおよそ3年で歩行に介助や補助具が必要になり、約5年で車椅子、約8年で臥床がちになるとの報告があります。ただし進行速度の個人差は大きく、10年以上歩行が可能な方もいます。小脳型で発症しても、経過中にパーキンソニズムが加わる(逆も同様)ことが多くみられます。病期が進むと、構音障害が進んで会話が困難になり、嚥下障害により経口摂取が難しくなります。高齢発症、早期からの重い自律神経不全、MSA-P病型などは、進行が速いことと関連すると報告されています。

主な合併症は以下のとおりです。(1) 嚥下障害による誤嚥性肺炎(主要な死因の一つ)、(2) 排尿障害と残尿に伴う尿路感染症・腎盂腎炎、(3) 声帯外転麻痺や中枢性無呼吸による睡眠中の突然死、(4) 起立性低血圧や失調・姿勢反射障害による転倒・骨折・頭部外傷。さらに、臥床に伴う褥瘡、深部静脈血栓症、関節拘縮も問題となります。自律神経障害では、起立時の低血圧と同時に臥位高血圧(寝ると血圧が高くなる)を伴うことがあり、昇圧薬の調整を難しくします。そのほか、うつ熱、栄養障害、便秘による腸閉塞、抑うつにも注意が必要です。

多系統萎縮症の診断・診断基準

MSAの診断は、病歴と神経学的診察に基づく臨床診断が基本です。確定診断は死後の病理検査(GCIの確認)によってのみ得られます。臨床的には、成人発症で緩徐に進行し、自律神経不全(起立性低血圧や排尿障害)にレボドパ反応性の乏しいパーキンソニズムまたは小脳症候群を伴うことが中核になります。そのうえで、MRIなどの画像所見や自律神経機能検査で裏付けを行い、類似疾患を除外します。国際的には2008年の第2回コンセンサス基準(possible/probable/definite)が長く用いられてきました。2022年には国際パーキンソン病・運動障害疾患学会(MDS)から新基準が発表され、「臨床的に確立」「臨床的にほぼ確実」「前駆期の可能性」などの区分と、MRIを補助所見として組み込む枠組みが示されました。日本の指定難病の申請では、厚生労働省の定める診断基準と重症度分類に従って難病指定医が臨床調査個人票を作成します。初期には他のパーキンソン症候群や遺伝性脊髄小脳変性症との区別が難しいため、脳神経内科専門医による経過観察と評価の繰り返しが重要です。

  • 頭部MRI: MSA-Cでは橋・中小脳脚・小脳の萎縮と、橋底部の十字状のT2高信号(hot cross bun sign)、中小脳脚のT2高信号がみられます。MSA-Pでは被殻の萎縮、T2強調像での低信号化、被殻外側の線状高信号がみられることがあります。いずれも早期には目立たない場合があり、経時的な撮像が有用です。
  • 起立試験・ヘッドアップティルト試験: 臥位から立位(またはティルト台で頭部挙上)にして3分以内に血圧が一定以上低下するかを評価します。MSAでは、血圧が低下しても心拍数の代償的な上昇が乏しい神経原性の起立性低血圧を示すことが特徴です。
  • 残尿測定・尿流動態検査: 超音波による排尿後残尿量の測定で、排出障害を簡便に評価できます。尿流動態検査では排尿筋過活動と排尿筋収縮障害の併存がみられ、外尿道括約筋筋電図で神経原性変化を認めることがあります。
  • MIBG心筋シンチグラフィ: 心臓交感神経の状態を評価する検査です。パーキンソン病やレビー小体型認知症では集積が低下することが多いのに対し、MSAでは比較的保たれることが多く、鑑別の参考になります(例外もあります)。
  • ドパミントランスポーターSPECT(DATスキャン): 線条体のドパミン神経終末の減少を示し、パーキンソニズムが変性疾患によるものかを判断するのに役立ちます。ただし、パーキンソン病などとの区別はこの検査単独では困難です。
  • レボドパ反応性の評価: 十分な量と期間のレボドパを試し、効果を評価します。効果が乏しい、あるいは一時的であることはMSAを支持する所見です。一方、初期に一定の効果がみられる例もあります。
  • 睡眠ポリグラフ検査・喉頭内視鏡: 睡眠時無呼吸の型と重症度、RBDの有無を評価します。喘鳴がある場合は、耳鼻咽喉科での喉頭観察(睡眠中や鎮静下での評価を含む)により声帯外転障害を確認します。
  • 遺伝子検査(除外目的): 小脳症状が主体の場合、日本で頻度の高い遺伝性脊髄小脳変性症(SCA3、SCA6、SCA31、DRPLAなど)との鑑別のため、家族歴を踏まえて遺伝子検査を検討します。検査の前後には遺伝カウンセリングを行うことが望まれます。
  • その他の補助的検査・研究的手法: FDG-PETでの被殻・橋・小脳の糖代謝低下、皮膚生検や髄液を用いたαシヌクレインのシード増幅法(RT-QuIC等)、髄液ニューロフィラメント軽鎖などは、診断の補助や研究として報告が進んでいます。ただし、一般診療での位置づけは確立途上です。

多系統萎縮症と鑑別すべき疾患

  • パーキンソン病: 左右差の明らかな安静時振戦で始まることが多く、レボドパがよく効き、進行が比較的緩やかです。高度の自律神経不全や小脳症状は早期には目立たず、MIBG心筋シンチの集積低下を伴うことが多い点が異なります。
  • 進行性核上性麻痺: 上下方向(特に下方)の眼球運動障害、早期からの後方への転倒、前頭葉症状が目立ちます。MRIでは中脳被蓋の萎縮がみられます。
  • 大脳皮質基底核変性症: 著しい左右差のある筋強剛、失行、皮質性感覚障害、他人の手徴候などの大脳皮質症状を伴う点が鑑別の手がかりです。
  • 遺伝性脊髄小脳変性症・皮質性小脳萎縮症: 家族歴や遺伝子検査で遺伝性を確認します。孤発性の皮質性小脳萎縮症は小脳症状が主体で、高度の自律神経不全を伴わず、進行も緩やかです。
  • レビー小体型認知症・純粋自律神経不全症: 前者は早期からの認知機能の変動や幻視が特徴です。後者は自律神経不全のみで運動症状を欠きますが、経過中にMSAなどへ移行する例があり、慎重な経過観察が必要です。
  • 脆弱X関連振戦/失調症候群(FXTAS)ほか二次性小脳失調: FXTASは中高年男性に多く、FMR1遺伝子の前変異が原因で、MRIでは中小脳脚の高信号を示しMSAと類似します。ほかにアルコール性、薬剤性、傍腫瘍性、甲状腺機能低下などの治療可能な原因も除外が必要です。

多系統萎縮症の治療

現時点で、MSAの進行を止める、あるいは遅らせることが証明された治療(疾患修飾療法)はありません。治療の目標は、症状を和らげ、合併症を予防し、生活の質(QOL)と安全を保つことです。症状ごとの対症療法、リハビリテーション、栄養・呼吸管理、福祉サービスを組み合わせ、病期に応じて見直していきます。脳神経内科を中心に、泌尿器科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、在宅医、訪問看護、ケアマネジャーなどの多職種で関わることが推奨されます。薬物治療では、ある症状への薬が別の症状を悪化させることがあります(例:パーキンソニズムの薬や排尿障害の薬が起立性低血圧を悪化させる)。そのため、全体のバランスを主治医と相談しながら調整することが重要です。αシヌクレインを標的とした抗体療法や凝集阻害薬などの臨床試験が国内外で行われていますが、承認された薬剤はまだありません。治験への参加を希望する場合は主治医に相談してください。

  • パーキンソニズムへの薬物療法: レボドパ製剤を、副作用(特に起立性低血圧の悪化や幻覚)に注意しながら十分量まで試します。約3〜4割の患者で一時的な効果が得られるとされます。効果が乏しい場合でも、中止すると症状が悪化することがあるため、自己判断での中止は避けてください。
  • 運動失調への薬物療法: 日本では脊髄小脳変性症の運動失調改善を適応として、TRH誘導体のタルチレリン(内服)やプロチレリン(注射)が使用されています。効果には個人差があり、ふらつきの軽減を目的とした補助的な位置づけです。
  • 起立性低血圧の管理: まず非薬物療法を行います。具体的には、十分な水分と塩分の摂取(心不全などがない場合)、弾性ストッキングや腹帯の着用、ゆっくりとした段階的な起立、少量頻回の食事、ベッドの頭側を挙上した就寝、入浴時の注意などです。薬物療法としては、ドロキシドパ、ミドドリン、アメジニウムなどの昇圧薬や、適応外でフルドロコルチゾンが用いられることがありますが、臥位高血圧に注意しながら調整します。
  • 排尿障害の管理: 蓄尿障害には抗コリン薬やβ3作動薬、排出障害にはα1遮断薬などを用います(α1遮断薬は起立性低血圧に注意)。残尿が多い場合は、清潔間欠自己導尿(本人または家族が実施)や留置カテーテルを検討し、尿路感染と腎機能障害を予防します。
  • 呼吸管理・喘鳴への対応: 睡眠時の喘鳴や無呼吸には、CPAPや非侵襲的陽圧換気(NPPV)が検討されます。ただし、喉頭蓋が気道側へ倒れ込む例ではかえって悪化することがあり、喉頭観察に基づく判断が必要です。声帯外転麻痺が高度な場合は気管切開が検討されますが、中枢性無呼吸による突然死を完全には防げないため、侵襲的人工呼吸の導入を含めて事前の十分な話し合いが大切です。
  • 嚥下障害・栄養管理: 言語聴覚士による嚥下評価(嚥下造影・嚥下内視鏡)に基づき、食形態の調整(とろみ付け、刻み・ミキサー食)や姿勢の工夫を行います。経口摂取が困難になった場合や誤嚥を繰り返す場合は、胃瘻などの経管栄養を検討します。口腔ケアは誤嚥性肺炎の予防に重要です。
  • リハビリテーション: 理学療法でバランス・歩行訓練や体幹機能の維持、転倒予防を、作業療法で日常生活動作の工夫と住環境の調整を、言語聴覚療法で発声・構音・嚥下訓練を行います。早期から継続することで、機能維持と安全確保に役立つとされます。
  • 睡眠・精神症状・その他の対症療法: RBDにはクロナゼパムなどが用いられることがあります(呼吸抑制には注意が必要です)。便秘には食事指導と下剤、勃起障害にはPDE5阻害薬(起立性低血圧に注意)、抑うつには抗うつ薬や心理的支援が検討されます。首下がりなどの局所のジストニアに対してボツリヌス治療が試みられることがあります。
  • 在宅療養・意思決定支援: 訪問診療・訪問看護・訪問リハビリ、吸引器や介護用ベッドなどを整備し、レスパイト入院も活用します。胃瘻、気管切開、人工呼吸器などの医療処置について、本人の価値観を尊重した事前の話し合い(アドバンス・ケア・プランニング)を、病状が安定しているうちから段階的に進めることが推奨されます。

多系統萎縮症の予後・長期フォロー

MSAの生命予後は、発症からの生存期間の中央値がおよそ6〜10年と報告されています。ただし個人差が大きく、15年以上生存する例もあります。日本では気管切開や経管栄養などの医療処置を選択する例が多く、欧米より長い経過の報告もみられます。主な死因は誤嚥性肺炎などの感染症と、睡眠中の突然死(呼吸障害や心血管系の自律神経不全に関連)です。高齢発症、早期からの重い自律神経不全、MSA-P病型、進行の速さは、予後不良と関連する因子として報告されています。生活の質の面では、運動機能だけでなく、起立性低血圧、排尿障害、コミュニケーション障害、抑うつが大きく影響します。これらを丁寧に管理することでQOLの改善が期待できます。

診断後は、脳神経内科で数か月ごとに定期受診し、症状の進行度(UMSARSなどの評価尺度を用いることがあります)、臥位と立位の血圧、残尿量、嚥下機能、体重、呼吸状態(喘鳴・無呼吸の有無)、転倒歴、気分を継続的に評価します。喘鳴やいびきの変化、むせの増加、体重減少、発熱を繰り返す場合は、睡眠検査、喉頭観察、嚥下造影などで再評価し、治療方針を見直します。病期の進行に合わせて、介護保険や障害福祉サービスの区分変更、在宅医療体制の整備、医療処置に関する意思決定を早めに行います。

多系統萎縮症の日常生活の注意点と公的支援(医療費助成)

転倒予防が最も重要です。手すりの設置、段差の解消、夜間の足元照明、滑りにくい履物の使用、杖・歩行器・車椅子の適切な時期での導入を検討してください。起立性低血圧がある場合は、起床時や食後・排尿後にゆっくり段階を踏んで立ち上がり、立ちくらみを感じたらすぐにしゃがむか座ってください。長風呂や熱い湯、暑い場所、飲酒、大量の食事は血圧低下を招きやすいため注意が必要です。発汗が減っている場合は夏場のうつ熱に気をつけ、室温を調整し水分を補給してください。食事はむせにくい姿勢と形態を工夫し、食後の口腔ケアを習慣にしてください。言葉が聞き取りにくくなってきたら、筆談、文字盤、意思伝達装置などのコミュニケーション手段を早めに準備しておくと安心です。家族は睡眠中の喘鳴や呼吸の停止に気づくことが多く、その情報は治療方針の決定に役立ちます。MSAは基本的に孤発性で、子どもや兄弟に遺伝する可能性は通常きわめて低いとされます。ただし、家族歴がある場合や遺伝性脊髄小脳変性症との鑑別が必要な場合は、遺伝カウンセリングの利用を検討してください。介護者自身の健康と休息を確保することも、長期の療養を続けるうえで欠かせません。

利用できる制度・相談窓口

多系統萎縮症は指定難病(告示番号17)に指定されています。診断基準を満たし、重症度分類(modified Rankin Scale、食事・栄養、呼吸の評価スケールのいずれかが一定以上)に該当する場合、医療費助成を受けられます。重症度基準を満たさなくても、医療費の高額な状態が続く場合には「軽症高額該当」として対象となることがあります。申請窓口は住所地の保健所等で、難病指定医の作成した臨床調査個人票が必要です。介護保険では多系統萎縮症が特定疾病に含まれるため、40〜64歳でも要介護認定を受けてサービスを利用できます。また、厚生労働大臣が定める疾病等に該当するため、医療保険による訪問看護を手厚く利用できる場合があります。障害者総合支援法の対象疾病でもあり、障害者手帳(肢体不自由、音声・言語・そしゃく機能障害など)の有無にかかわらず、障害福祉サービスや補装具・日常生活用具(意思伝達装置など)を利用できる場合があります。就労中の方は傷病手当金、一定の障害状態にある方は障害年金の対象となる可能性があります。相談窓口としては、各都道府県の難病相談支援センター、保健所の難病担当保健師、医療機関の医療ソーシャルワーカー、地域包括支援センター、患者・家族会などがあります。

多系統萎縮症に伴う心のケア・心理社会的支援

進行性で根治療法のない病気と診断されることは、本人・家族にとって大きな衝撃です。抑うつ、不安、怒り、適応障害が生じるのは自然な反応であり、MSAでは抑うつの合併が多いことが知られています。MSAに特有の課題として、次のようなものがあります。比較的進行が速く、仕事や家庭での役割を短期間で失う喪失感。構音障害により気持ちを言葉で伝えにくくなる孤立感。排尿障害や勃起障害など人に相談しにくい症状への羞恥心。胃瘻・気管切開・人工呼吸器といった重い意思決定を迫られる負担。また、情動失禁による感情表出は本人の本心とは限らないため、家族が戸惑うこともあります。気分の落ち込みや不眠、意欲の低下が続く場合は、主治医に伝え、必要に応じて精神科・心療内科、臨床心理士、緩和ケアチームの支援を受けてください。家族の介護負担や将来への不安も、患者会、難病相談支援センター、ソーシャルワーカーに相談できます。一人で抱え込まないことが大切です。

Medi Faceでは、慢性疾患に伴うこころの不調についてのオンライン相談も行っています。お問い合わせはこちら。

多系統萎縮症の受診の目安

  • 立ちくらみ、ふらつき、尿の出にくさ、男性の勃起障害などが重なり、さらに歩行の不安定さやろれつの回りにくさ、動作の遅さが加わってきた場合は、脳神経内科を受診してください。
  • 睡眠中に「ヒューヒュー」という高い音の喘鳴が出始めた、または呼吸が止まっていると家族が気づいた場合は、早めに主治医に相談してください。
  • 呼吸が苦しそう、顔色が悪い、呼びかけへの反応が鈍いなどの呼吸困難や意識障害がある場合は、ためらわず救急車を呼んでください。
  • 発熱、咳、痰の増加、食事中のむせの増加がある場合は、誤嚥性肺炎の可能性があるため速やかに受診してください。
  • 失神を繰り返す、転倒して頭を打った、骨折が疑われる場合は、早急に医療機関を受診してください。
  • 尿がまったく出ない、下腹部が張って痛む、発熱を伴う排尿痛や濁った尿がある場合は、尿閉や尿路感染症が疑われるため受診してください。

多系統萎縮症についてのよくある質問

Q. パーキンソン病とはどう違うのですか?

A. どちらもαシヌクレインが蓄積する病気ですが、MSAでは主にグリア細胞に蓄積し、小脳や自律神経系も広く障害されます。パーキンソン病に比べて進行が速く、レボドパの効果が乏しいか一時的で、早期から起立性低血圧や排尿障害、転倒が目立つ傾向があります。初期には区別が難しいことがあり、経過を追って診断を見直すこともあります。

Q. 子どもに遺伝しますか?

A. MSAのほとんどは孤発性で、親から子へ遺伝する病気とは考えられていません。一部の遺伝子の変化が発症しやすさに関わるという研究報告はありますが、家族の発症リスクが実際に大きく高まるとは考えにくいとされます。家族歴があるなど心配な場合は、遺伝カウンセリングで相談できます。

Q. 寝ているときのいびきが急に変わったのですが、関係ありますか?

A. MSAでは、声帯が十分に開かなくなることで、睡眠中に高い音の喘鳴が出ることがあります。これは睡眠中の呼吸障害や突然死のリスクと関連するため重要なサインです。録音や動画を持参して主治医に伝えると、睡眠検査や喉頭の観察など適切な評価につながります。

Q. 進行を遅らせる治療や新しい薬はありますか?

A. 現時点では、進行を遅らせることが証明された承認薬はありません。ただし、症状ごとの治療やリハビリテーション、呼吸・栄養管理によって生活の質を保ち、合併症を減らすことは可能です。αシヌクレインを標的とする治療などの臨床試験が国内外で進められており、治験への参加を希望する場合は主治医に相談してください。

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最終更新: 2026-10-18。発行: 株式会社Medi Face。本ページは、MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター、各学会の診断基準・診療ガイドラインなどの公的・専門的情報を参照して作成した一般的な医学情報であり、診断・治療の代替ではありません。個別の診療は主治医・専門医にご相談ください。参考: MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター。記載内容に誤りや古い情報を見つけた場合はお問い合わせからお知らせください。