筋萎縮性側索硬化症
Amyotrophic Lateral Sclerosis, ALS
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis, ALS)|筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、手足・のど・舌・呼吸に必要な筋肉を動かす運動ニューロンが少しずつ失われていく進行性の神経変性疾患です。主に中高年で発症し、筋力低下、話しにくさ、飲み込みにくさが進み、やがて呼吸にも影響が及びます。根治療法はまだありませんが、進行を緩やかにする薬、呼吸・栄養の管理、意思伝達の支援、公的制度を組み合わせることで、本人の意思に沿った生活を長く続けることを目指します。
筋萎縮性側索硬化症の要点
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、上位・下位の運動ニューロンが進行性に変性し、全身の筋力低下と筋萎縮、話しにくさ、飲み込みにくさ、呼吸障害が進む神経変性疾患です。主に中高年で発症し、現時点で根治療法はありませんが、日本では指定難病に認定されています。
| 別名・略称 | ALS、ルー・ゲーリッグ病、Lou Gehrig's disease、シャルコー病、Charcot disease |
|---|---|
| 分野 | 神経・筋疾患 |
| 遺伝形式 | 多くは孤発性、一部は家族性(遺伝性) |
| 好発年齢 | 主に中高年 |
| 主な症状 | 筋力低下・筋萎縮・筋のぴくつき、話しにくさ、飲み込みにくさ、呼吸障害 |
| 主な検査 | 神経学的診察、針筋電図、他疾患を除外するための画像・血液検査 |
| 主な治療 | 進行を緩やかにする薬物療法、呼吸・栄養管理、意思伝達の支援 |
| 受診する主な診療科 | 神経内科(脳神経内科) |
筋萎縮性側索硬化症とは
ALSは、大脳皮質運動野にある上位運動ニューロンと、脳幹・脊髄にある下位運動ニューロンの両方が選択的かつ進行性に変性・脱落する疾患です。上位運動ニューロンが障害されると、腱反射の亢進、痙縮(筋のつっぱり)、病的反射が現れます。下位運動ニューロンが障害されると、筋萎縮、筋力低下、線維束性収縮(筋肉のぴくつき)が現れます。両者の徴候が同じ部位に混在することが診断上の大きな特徴です。病名の「amyotrophic」は筋萎縮を、「lateral sclerosis」は脊髄側索(皮質脊髄路)が変性してグリオーシスにより硬く見える病理所見を指します。感覚、眼球運動、膀胱直腸機能は比較的保たれやすいとされます。ただし近年は、患者さんの一部に前頭側頭型認知症(FTD)や、行動・言語・遂行機能の軽度の変化を伴うことがわかっています。そのため「知性はまったく影響を受けない」という従来の説明は修正され、ALSとFTDは一連のスペクトラムとして理解されるようになりました。
ALSは1869年にフランスの神経学者シャルコーが臨床病理学的に確立し、欧州ではシャルコー病とも呼ばれます。米国では、野球選手ルー・ゲーリッグの名からLou Gehrig's diseaseとも呼ばれます。初発部位により、上肢または下肢から始まる四肢型(脊髄発症型)、構音・嚥下障害から始まる球麻痺型(球発症型)、まれな呼吸筋麻痺型に大別されます。このほか、両上肢近位が強く侵されるflail arm型、下肢遠位優位のflail leg型、頸部伸筋の筋力低下による首下がりで目立つ例などの臨床亜型も知られています。関連疾患として、上位運動ニューロンのみが障害される原発性側索硬化症(PLS)と、下位運動ニューロン徴候のみで始まる進行性筋萎縮症(PMA)があります。これらは経過中にALSへ移行することがあり、運動ニューロン疾患(MND)という大きな枠組みで扱われます。遺伝歴の有無により、孤発性ALSと家族性(遺伝性)ALSに分けられます。日本では指定難病(告示番号2)に指定されています。
筋萎縮性側索硬化症の疫学・患者数
ALSの発症率は、国内外とも年間人口10万人あたりおおむね1〜2.5人程度とされます。日本の有病率は人口10万人あたり7〜11人前後と推計されています。指定難病の特定医療費受給者証の所持者は約1万人で推移しており、高齢化に伴い患者数は増加傾向にあります。発症年齢は60〜70歳代が最も多く、40歳代以下の発症は比較的少数です。ただし若年発症例もあり、その中には遺伝性の例が含まれます。男女比はおよそ1.3〜1.5:1でやや男性に多いとされます。家族性ALSの割合は、欧米では5〜10%とされますが、日本では5%前後と報告されています。紀伊半島南部やグアム島など、かつて高頻度の集積地が知られた地域もあり、環境要因と遺伝要因の研究対象となってきました。
筋萎縮性側索硬化症の原因・病態生理
ALSの大部分(9割以上)は家族歴のない孤発性で、単一の原因は特定されていません。加齢、遺伝的素因、環境要因が重なって発症すると考えられています。家族性ALSの多くは常染色体顕性(優性)遺伝で、これまでに数十の関連遺伝子が報告されています。代表的なものはSOD1、FUS、TARDBP(TDP-43をコードする遺伝子)、C9orf72(イントロン内の6塩基リピート伸長)などです。欧米ではC9orf72リピート伸長が家族性ALSとFTDの主要な原因ですが、日本人ではまれで、国内の家族性ALSではSOD1変異が最も多いとされます。一部の孤発性ALSでも、これらの遺伝子変異が見つかることがあります。環境因子として、喫煙、激しい身体活動、農薬・重金属曝露などとの関連が議論されていますが、確立した危険因子は限られています。
病理学的には、残存する運動ニューロンやグリア細胞の細胞質にTDP-43というRNA結合蛋白質の異常凝集(リン酸化TDP-43陽性封入体)が見られます。これは孤発性ALSの大多数に共通する所見です(SOD1変異例やFUS変異例では、それぞれの蛋白質の凝集が主体です)。脊髄前角細胞にはブニナ小体と呼ばれる特徴的な封入体も認められます。TDP-43は本来核内でRNAのスプライシングなどを担っていますが、核から細胞質へ移行して凝集すると、RNA代謝が破綻し(機能喪失)、凝集体そのものによる毒性(機能獲得)も加わって神経細胞が障害されると考えられています。このほか、次のような機序が複合的に関与するとされます。グルタミン酸の過剰な刺激による興奮毒性(グルタミン酸トランスポーターEAAT2の低下など)、酸化ストレス、ミトコンドリア機能障害、軸索輸送の障害、オートファジーやプロテアソームによる蛋白質分解系の破綻、核と細胞質の間の輸送障害、ミクログリアやアストロサイトを介した神経炎症です。病変は一つの部位から隣接部位へ連続的に広がる傾向があり、異常蛋白質が細胞間で伝播するという仮説も提唱されています。
筋萎縮性側索硬化症の症状
- 手足の筋力低下・筋萎縮: 片側の手指の使いにくさ(箸やボタン操作の困難)、足の上がりにくさ(つまずき、下垂足)など、非対称・局所的に始まることが多いです。手では母指球と第1背側骨間筋が小指球より強くやせる「split hand」が特徴的とされます。
- 線維束性収縮(筋のぴくつき): 皮膚の下で筋肉が細かくぴくぴく動く現象で、下位運動ニューロン障害を示します。ただし、健康な人にも良性の線維束性収縮はよく見られるため、これだけでALSとは判断できません。
- 有痛性筋けいれん(こむら返り): 病初期から筋けいれんが頻繁に起こることがあり、睡眠や生活の妨げになる場合があります。
- 痙縮・腱反射亢進: 上位運動ニューロン障害により、手足がつっぱる、動きがぎこちない、筋萎縮があるのに腱反射が亢進している、といった所見が見られます。
- 構音障害: 舌・口唇・軟口蓋の筋力低下や痙性により、ろれつが回らない、鼻に抜ける声になる、などの変化が生じます。進行すると発話による意思疎通が難しくなります。
- 嚥下障害: むせ、食事時間の延長、唾液の飲み込みにくさが生じます。誤嚥性肺炎、低栄養、体重減少の原因となります。
- 舌の萎縮・線維束性収縮: 舌がやせて表面が波打つように細かく動く所見で、球麻痺型の診断で重要な手がかりになります。
- 呼吸筋麻痺: 横隔膜と肋間筋の筋力低下により、労作時の息切れ、仰向けで寝ると苦しい(起座呼吸)、痰が出しにくい、などの症状が出ます。夜間の低換気による朝の頭痛や日中の眠気として現れることもあります。
- 首下がり・体幹筋力低下: 頸部の伸筋が弱くなって頭を支えにくくなり、姿勢保持や視線の確保に支障が出ることがあります。
- 偽性球麻痺による情動調節障害: 場面にそぐわない強制笑いや強制泣きが起こることがあり、本人の感情とは一致しない場合もあります。
- 認知・行動の変化: 一部の患者さんで、意欲低下、脱抑制、こだわり、遂行機能や言語機能の低下が見られます。前頭側頭型認知症の診断基準を満たす例も一定の割合で存在します。
- 体重減少・流涎: 筋萎縮と摂食量の低下に加え、代謝亢進も関与して体重が減少し、体重減少は予後不良因子とされます。また、唾液を飲み込めないことでよだれ(流涎)が目立つようになります。
筋萎縮性側索硬化症の経過と合併症
ALSは、症状が局所から隣接する部位へ広がりながら、着実に進行するのが一般的です。経過は個人差が非常に大きく、数か月で呼吸不全に至る急速進行例から、10年以上ゆっくり経過する例まであります。進行速度の目安には、改訂ALS機能評価スケール(ALSFRS-R)の月あたりの低下量が用いられます。日本の指定難病では、重症度分類として1〜5度が用いられます(1度:家事・就労はおおむね可能、5度:気管切開・非経口栄養・人工呼吸器使用)。一般に、球麻痺型、高齢発症、診断時の呼吸機能低下、急速な体重減少、認知・行動障害の合併は予後不良と関連し、若年発症や四肢型の一部は比較的緩徐とされます。経過中、多くの患者さんで、歩行補助具や車いすの導入、経口摂取の困難、呼吸補助の必要性という段階的な課題が順に生じます。気管切開下人工呼吸(TPPV)を導入した長期経過例の中には、眼球運動も含めてほぼすべての随意運動が失われ、意思伝達が困難になる完全閉じ込め状態(TLS)に至る方もいます。
主な合併症は次のとおりです。誤嚥性肺炎、喀痰排出困難による無気肺、慢性呼吸不全(高二酸化炭素血症)、低栄養・脱水、便秘です。さらに、不動に伴う深部静脈血栓症、関節拘縮、肩の痛み、褥瘡、転倒による骨折、抑うつ・不安、不眠もあります。ALSでは褥瘡や眼球運動障害、膀胱直腸障害は起こりにくいとされてきましたが、長期の人工呼吸療法下では出現しうることが知られています。人工呼吸器装着後は、気管カニューレに関連するトラブル、気道感染、機器の故障・停電といったリスクへの備えが必要になります。
筋萎縮性側索硬化症の診断・診断基準
ALSに特異的な単一の検査はありません。診断は、①上位運動ニューロン徴候と下位運動ニューロン徴候が、②身体の複数の領域(脳幹・頸髄・胸髄・腰仙髄)にわたって存在し、③進行性に広がっていることを臨床と電気生理学的検査で確認したうえで、④類似の症状を示す他疾患を除外することで行います。国際的には改訂El Escorial基準、針筋電図所見を臨床徴候と同等に扱うAwaji基準、より簡便化したGold Coast基準(2020年)が用いられます。日本の指定難病の診断基準も、これらの考え方を踏まえて作られています。頸椎症や治療可能なニューロパチーなどとの鑑別が特に重要なため、神経内科専門医による評価が推奨されます。病名の告知は、本人の受け止め方に配慮しながら、家族同席のもとで段階的に行うことが望ましいとされます。
- 神経学的診察: 筋萎縮、線維束性収縮、腱反射亢進、病的反射(バビンスキー徴候など)、下顎反射の亢進、舌の萎縮を部位ごとに評価します。あわせて、感覚障害や眼球運動障害がないことを確認します。
- 針筋電図: 線維自発電位・陽性鋭波(活動性脱神経)、線維束電位、高振幅・長持続の運動単位電位(慢性神経原性変化)を、臨床症状のない筋も含めて複数の領域で検出します。これにより、下位運動ニューロン障害の広がりを客観的に示します。
- 神経伝導検査: 複合筋活動電位(CMAP)の振幅は低下しますが、感覚神経活動電位は保たれ、伝導ブロックがないことが典型です。伝導ブロックがあれば多巣性運動ニューロパチーなどを疑います。
- 頭部・脊髄MRI: 主な目的は、頸椎症性脊髄症、脊髄腫瘍、脳幹病変などの除外です。ALSでは皮質脊髄路のT2/FLAIR高信号や、中心前回の低信号(T2*/SWI)を認めることがあります。
- 血液・髄液検査: CKは軽度上昇することがあります。除外診断のため、甲状腺・副甲状腺機能、ビタミンB12、血清蛋白電気泳動(M蛋白)、抗GM1抗体、重金属などを必要に応じて調べます。髄液のニューロフィラメント軽鎖は、補助的な指標として研究・臨床応用が進んでいます。
- 呼吸機能検査・血液ガス: 努力性肺活量(%FVC)、鼻腔吸気圧(SNIP)、咳のピークフロー、夜間の酸素飽和度・経皮CO2測定で、呼吸筋障害の程度を評価します。NIV導入や胃ろう造設のタイミングを判断する指標になります。
- 嚥下機能評価: 嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査で、誤嚥の有無や安全な食形態を評価し、栄養療法の計画に役立てます。
- 遺伝学的検査: 家族歴がある場合や若年発症例などで、SOD1、FUS、TARDBP、C9orf72などを検査することがあります。治療選択にかかわる場合もあり、検査前後の遺伝カウンセリングが重要です。
- ALSFRS-R・重症度分類: ALSFRS-Rは、日常生活機能を12項目48点満点で評価する尺度で、経過観察や臨床試験に用いられます。指定難病の医療費助成では、国の重症度分類(1〜5度)で2度以上が対象となります。
筋萎縮性側索硬化症と鑑別すべき疾患
- 頸椎症性脊髄症・筋萎縮症: 頸椎の変性による圧迫で上肢の筋萎縮と下肢の痙縮を生じますが、MRIで圧迫病変があり、球症状や脳幹領域の筋電図異常を欠く点で区別します。
- 多巣性運動ニューロパチー(MMN): 上肢遠位の非対称な筋力低下を示す治療可能な疾患で、神経伝導検査での伝導ブロック、抗GM1抗体陽性、上位運動ニューロン徴候の欠如、免疫グロブリン療法への反応で鑑別します。
- 球脊髄性筋萎縮症(SBMA): 成人男性に緩徐進行性の球麻痺と四肢近位筋萎縮を生じます。女性化乳房、感覚神経活動電位の低下、アンドロゲン受容体遺伝子のCAGリピート伸長で区別します。
- 封入体筋炎: 手指屈筋や大腿四頭筋が選択的に侵され嚥下障害も来しますが、筋疾患であり、筋電図の筋原性変化と筋生検の縁取り空胞などで鑑別します。
- 重症筋無力症: 構音・嚥下障害を来しますが、症状の日内変動・易疲労性、眼瞼下垂・複視、抗AChR抗体などの自己抗体、反復刺激試験の漸減現象で区別します。
- 原発性側索硬化症・成人発症の脊髄性筋萎縮症: 前者は上位運動ニューロン徴候のみ、後者は下位運動ニューロン徴候のみが長期間持続する点が異なります。ただし経過観察で徴候の分布や進行速度を確認する必要があります。
筋萎縮性側索硬化症の治療
現時点でALSを治癒させる治療法はありません。治療は、①病気の進行を緩やかにすることを目的とした薬物療法、②症状を和らげる対症療法、③呼吸・栄養・コミュニケーションを支えるケア、④心理社会的支援と緩和ケアを並行して行う集学的アプローチが基本です。神経内科医を中心に、リハビリテーション、看護、栄養、歯科、呼吸器・消化器内科、医療ソーシャルワーカー、保健師、ケアマネジャーなどが連携します。胃ろう造設、非侵襲的換気、気管切開下人工呼吸といった重要な医療処置については、病状が安定しているうちから十分な情報提供を受けることが大切です。そのうえで、本人の価値観に基づいて事前に話し合っておくこと(アドバンス・ケア・プランニング)が推奨されています。具体的な治療選択は、病状や本人・家族の希望を踏まえて主治医と相談して決めます。
- リルゾール: グルタミン酸による興奮毒性を抑えるとされる内服薬で、生存期間をわずかに延長する効果が臨床試験で示されています。肝機能障害や好中球減少などの副作用があるため、定期的な血液検査が必要です。
- エダラボン: フリーラジカル消去作用を持つ薬剤で、一部の患者層でALSFRS-Rの低下を抑制したとする試験結果に基づき、日本で承認されています。点滴製剤に加えて内服用懸濁液も使用でき、休薬期間を挟む周期的投与を行います。
- 超高用量メチルコバラミン: 国内の臨床試験で、発症早期の患者さんにおける機能低下の抑制が示されたことを受け、ALS治療薬として承認された筋注製剤です。対象となる病期などの条件があるため、適応は主治医と確認します。
- 遺伝子型に応じた治療・臨床試験: SOD1遺伝子変異を持つALSに対しては、アンチセンス核酸製剤(トフェルセン)が海外で承認されています。国内での使用可否や適応は専門医に確認が必要です。iPS細胞を用いた創薬研究から生まれた候補薬などの治験も進められており、参加の可否は専門施設で相談できます。
- 呼吸ケア(NIV・TPPV・排痰補助): 呼吸筋の筋力が低下したら、マスクによる非侵襲的陽圧換気(NIV/NPPV)で症状の緩和と生命予後の改善を図ります。器械による咳介助(MI-E)で排痰を補助します。NIVで不十分になった場合に気管切開下人工呼吸(TPPV)を行うかどうかは、本人の意思に基づいて決定します。
- 栄養療法・胃ろう(PEG): 高カロリー食や食形態の調整で体重を維持します。嚥下障害が進んだ場合や体重減少が著しい場合には、呼吸機能が保たれているうち(%FVCがおおむね50%を下回る前が目安とされる)に胃ろう造設を検討します。
- リハビリテーション・補装具: 過度な負荷を避けた適度な運動、関節可動域訓練、ストレッチで拘縮と痛みを予防します。短下肢装具、頸椎カラー、車いす、環境整備などで、安全な移動と日常生活動作を支えます。
- コミュニケーション支援: 文字盤、スマートフォンやタブレットの読み上げアプリ、視線入力やスイッチを用いた重度障害者用意思伝達装置を、症状の進行に先回りして導入します。発話が可能なうちに自分の声を録音して合成音声に利用する方法もあります。
- 対症療法・緩和ケア: 症状に応じて、筋けいれんや痙縮(抗痙縮薬など)、流涎(抗コリン作用薬など)、情動調節障害、抑うつ、不眠、痛み、便秘に対する薬物療法を行います。呼吸困難や苦痛が強い時期にはオピオイド(モルヒネなど)を含む緩和ケアが行われることがあり、国内の診療ガイドラインでも取り上げられています。
筋萎縮性側索硬化症の予後・長期フォロー
ALSは進行性の疾患で、侵襲的な人工呼吸を行わない場合、発症から死亡または気管切開下人工呼吸の導入までの期間は、中央値でおよそ3〜5年と報告されています。ただし個人差は大きく、1〜2年で呼吸不全に至る方もいれば、10年以上経過する方も1割程度いるとされます。NIVの導入、適切な栄養管理、多職種によるケアは、生存期間とQOLの両方を改善することが示されています。日本では、気管切開下人工呼吸を選択して在宅で長期療養する方が諸外国に比べて多いのが特徴です。人工呼吸器を装着すると、10年以上の長期生存も可能になります。一方で、24時間の介護体制や意思伝達手段の確保が大きな課題となります。生命予後だけでなく、本人がどのように生きたいかという価値観を尊重した生活の質(QOL)の支援が重視されます。
診断後は、一般に2〜3か月ごとに神経内科を受診し、次の項目を定期的に評価します。筋力、ALSFRS-R、体重・栄養状態、呼吸機能(%FVC、夜間の換気)、嚥下機能、認知・行動面、精神状態、介護状況です。これらの結果に基づき、NIV、胃ろう、意思伝達装置、介護サービスの導入時期を先回りして調整します。在宅療養では、かかりつけ医、訪問看護、訪問リハビリ、訪問歯科、保健所の保健師が連携し、緊急時の連絡体制、停電・災害時の人工呼吸器の電源確保、レスパイト入院の確保を計画しておくことが重要です。療養の場や医療処置に関する本人の意思は病状とともに変わりうるため、アドバンス・ケア・プランニングを繰り返し話し合い、記録を共有しておきます。
筋萎縮性側索硬化症の日常生活の注意点と公的支援(医療費助成)
筋肉を鍛えようとする過度な運動は疲労や筋損傷を招くおそれがあります。疲れを翌日に残さない程度の運動を、理学療法士の指導のもとで続けることが勧められます。転倒予防のため、手すりの設置、段差の解消、装具の活用を早めに行いましょう。食事では、むせにくい姿勢(やや顎を引く)、とろみ付け、一口量の調整を工夫します。体重を維持できるよう、間食や栄養補助食品でエネルギーを補給しましょう。誤嚥性肺炎の予防には、口腔ケアとインフルエンザ・肺炎球菌などの予防接種が役立ちます(接種は主治医と相談してください)。仕事や運転については、症状と安全性を踏まえて主治医や職場と相談します。介護する家族の負担は大きいため、訪問介護、訪問看護、レスパイト入院を積極的に利用し、介護者自身の休息と健康を守ることも大切です。家族歴がある場合や遺伝学的検査を検討する場合は、検査の意味、血縁者への影響、検査を受けない選択肢も含めて、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーによる遺伝カウンセリングを受けることが勧められます。
利用できる制度・相談窓口
ALSは指定難病であり、国の重症度分類で2度以上の方、または軽症でも医療費が一定以上かかる方(軽症高額該当)は、難病医療費助成制度により、所得に応じた自己負担上限額で医療を受けられます。人工呼吸器を常時装着している方には、負担上限額の特例があります。申請窓口は住所地の保健所(都道府県・指定都市の担当窓口)で、難病指定医による臨床調査個人票が必要です。ALSは介護保険の特定疾病に含まれるため、40〜64歳の方でも要介護認定を受けて、訪問介護、福祉用具貸与、住宅改修などを利用できます。医療保険による訪問看護は、厚生労働大臣が定める疾病等の対象となり、頻回の訪問や複数の事業所の利用が認められる場合があります。身体障害者手帳を取得すると、障害者総合支援法に基づき、重度訪問介護、補装具(重度障害者用意思伝達装置を含む)、日常生活用具(吸引器など)の給付を受けられます。所得保障としては、障害年金や、在職中であれば傷病手当金の対象となる場合があります。そのほか、高額療養費制度、自治体独自の在宅人工呼吸器使用者への支援、レスパイト入院事業もあります。相談先としては、都道府県の難病相談支援センター、保健所の保健師、病院の医療ソーシャルワーカー、地域包括支援センター、患者会(日本ALS協会など)があります。
筋萎縮性側索硬化症に伴う心のケア・心理社会的支援
ALSの診断は、進行性で根治療法のない病気であるという事実を突きつけるため、多くの患者さんと家族が、強いショック、否認、怒り、悲嘆、将来への不安を経験します。経過中の抑うつ、不安障害、適応障害、不眠は決して珍しくありません。ALSに特有の心理社会的課題として、次のようなものがあります。話す・書く能力が失われていくことによる孤立感、胃ろうや人工呼吸器の装着を自分で決めなければならないという重い意思決定の負担、「家族に迷惑をかけたくない」という思い、認知・行動の変化に伴う家族関係の揺らぎ、24時間介護による家族の心身の疲弊と経済的負担です。強制笑い・強制泣きが本人の気持ちと誤解されることもあるため、周囲がこの症状を理解しておくことが大切です。気持ちのつらさは病気の自然な反応でもありますが、我慢せず、主治医、看護師、医療ソーシャルワーカー、心理職、必要に応じて精神科・心療内科に相談してください。カウンセリングや薬物療法で和らげられることがあります。同じ病気の患者さん・家族との交流(ピアサポート)や、意思伝達手段を早めに確保することも、自分らしさを保つ大きな支えになります。
Medi Faceでは、慢性疾患に伴うこころの不調についてのオンライン相談も行っています。お問い合わせはこちら。
筋萎縮性側索硬化症の受診の目安
- 数週〜数か月にわたって、片側の手や足の力が入りにくい、やせてきた、つまずきやすくなったなどの症状が続く場合は、神経内科を受診してください。
- ろれつが回りにくい、食事や水分でむせる、体重が意図せず減っている場合は、早めに受診してください。
- 筋肉のぴくつきに加えて筋力低下や筋萎縮を伴う場合は、神経内科での精査をお勧めします。
- 息苦しさ、仰向けで眠れない、朝の頭痛や日中の強い眠気が新たに出現した場合は、呼吸機能の評価のため速やかに主治医へ連絡してください。
- 発熱を伴う痰の増加や呼吸困難、意識がぼんやりする、窒息しかけた、人工呼吸器や気管カニューレに異常が生じた場合は、救急受診または救急要請が必要です。
筋萎縮性側索硬化症についてのよくある質問
Q. ALSは遺伝しますか?
A. 大多数は家族歴のない孤発性で、子どもに遺伝する可能性は一般に高くありません。日本では約5%が家族性で、その多くは常染色体顕性(優性)遺伝のため、変異があれば子に1/2の確率で受け継がれます。ただし、変異を持っていても必ず発症するわけではありません。心配な場合は、遺伝カウンセリングで相談することをお勧めします。
Q. ALSは痛みや意識、考える力にも影響しますか?
A. 運動ニューロンが主に障害されるため、意識や感覚は保たれることが多いです。しかし、筋けいれん、関節の拘縮、同じ姿勢による痛みは生じうるため、リハビリや薬で対処します。一部の方に判断力や行動の変化、前頭側頭型認知症を伴うことがわかっており、気になる変化があれば主治医に相談してください。
Q. 人工呼吸器をつけるかどうかは、いつ決めればよいですか?
A. 呼吸状態が悪化してから急いで決めるのではなく、症状が比較的安定している時期から、NIVと気管切開下人工呼吸それぞれの利点・負担・生活の変化について説明を受けておくことが勧められます。決めた内容は後から変えることもできます。本人・家族・医療チームで繰り返し話し合うことが大切です。
Q. 治療薬を使えば治りますか?
A. 現在使われているリルゾール、エダラボン、超高用量メチルコバラミンなどは、進行を緩やかにすることを目指す薬で、病気を治したり失われた機能を回復させたりするものではありません。効果や副作用、通院負担には個人差があるため、主治医と相談して選択します。新しい治療法の治験も国内外で進められています。
関連記事(関連する指定難病)
- 球脊髄性筋萎縮症 Spinal and Bulbar Muscular Atrophy, SBMA
- 脊髄性筋萎縮症 Spinal Muscular Atrophy, SMA
- 原発性側索硬化症 Primary Lateral Sclerosis, PLS
- 前頭側頭葉変性症 Frontotemporal Lobar Degeneration (FTLD)
- 慢性炎症性脱髄性多発神経炎 Chronic Inflammatory Demyelinating Polyneuropathy, CIDP
- 封入体筋炎 Inclusion Body Myositis, IBM
- 重症筋無力症 Myasthenia Gravis, MG
- 後縦靱帯骨化症 Ossification of the Posterior Longitudinal Ligament
- 肺胞低換気症候群 Alveolar Hypoventilation Syndrome
- 黄色靱帯骨化症 Ossification of the Ligamentum Flavum
同じ分野(神経・筋疾患)の指定難病
この記事について
最終更新: 2026-10-18。発行: 株式会社Medi Face。本ページは、MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター、各学会の診断基準・診療ガイドラインなどの公的・専門的情報を参照して作成した一般的な医学情報であり、診断・治療の代替ではありません。個別の診療は主治医・専門医にご相談ください。参考: MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター。記載内容に誤りや古い情報を見つけた場合はお問い合わせからお知らせください。