メープルシロップ尿症
Maple Syrup Urine Disease
メープルシロップ尿症(Maple Syrup Urine Disease)|メープルシロップ尿症(Maple Syrup Urine Disease:MSUD)は、ロイシン・イソロイシン・バリンという3種類の分岐鎖アミノ酸を分解する酵素が生まれつき働かないために、これらのアミノ酸とその代謝産物が体内にたまる先天性代謝異常症です。重症型では生後数日で哺乳不良、意識障害、けいれん、脳浮腫が起こり、治療が遅れると命に関わったり重い神経後遺症を残したりします。日本では新生児マススクリーニングの対象疾患です。早く見つけ、食事療法と急性期の集中治療を適切に行うことで、多くの患者さんが成長し、社会生活を送れるようになっています。
メープルシロップ尿症の要点
メープルシロップ尿症は、分岐鎖アミノ酸を分解するBCKDH複合体の活性が生まれつき低下し、ロイシンなどが体内にたまる常染色体潜性の先天性代謝異常症で、指定難病です。重症型は生後数日で哺乳不良・意識障害・けいれんを起こし、尿や汗がメープルシロップ様に匂います。
| 別名・略称 | 楓糖尿症、分岐鎖ケト酸尿症、MSUD、BCKDH複合体欠損症、Branched-chain ketoaciduria |
|---|---|
| 分野 | 代謝疾患 |
| 遺伝形式 | 常染色体潜性(劣性)遺伝 |
| 好発年齢 | 古典型は生後数日の新生児期に発症。間欠型は感染症などのストレス時に発症 |
| 主な症状 | 哺乳不良、意識障害、けいれん、脳浮腫、尿や汗のメープルシロップ様のにおい |
| 主な検査 | 新生児マススクリーニング、血中アミノ酸分析(分岐鎖アミノ酸の上昇)、尿中ケト酸 |
| 主な治療 | 分岐鎖アミノ酸を制限する食事療法(特殊ミルク)、急性期の集中治療 |
| 受診する主な診療科 | 小児科(小児代謝・遺伝を扱う専門施設) |
メープルシロップ尿症とは
メープルシロップ尿症は、ミトコンドリア内にある分岐鎖α-ケト酸脱水素酵素複合体(BCKDH複合体)の活性が低下または欠損する常染色体潜性(劣性)遺伝の疾患です。分岐鎖アミノ酸(BCAA)であるロイシン・イソロイシン・バリンは、まずアミノ基転移を受けて分岐鎖α-ケト酸(BCKA)になり、次にBCKDH複合体による酸化的脱炭酸を受けて分解されます。この2段階目が障害されるため、血液・尿・髄液中でBCAAとBCKAが増加します。尿や汗、耳垢がメープルシロップ(カラメルや焦げた砂糖)のような甘いにおいを帯びることが病名の由来です。においの主な原因は、イソロイシン由来の代謝物(ソトロンなど)とされます。なかでもロイシンとその代謝物であるα-ケトイソカプロン酸は神経毒性が強く、急性脳症や脳浮腫の主な原因と考えられています。既存の簡易解説には「免疫系の異常」「多因子性」との記載がありましたが、本症は単一遺伝子の異常による代謝疾患です。免疫異常は病因ではありません。
本症は1954年、Menkesらが、生後早期に神経症状を示して亡くなり、尿がメープルシロップのにおいを放つ同胞例を報告したことで初めて知られました。その後、BCKDH複合体の欠損が原因であることが明らかになりました。臨床的には、残存酵素活性と発症様式によって次の病型に分けられます。古典型(最重症で最も多く、残存活性はおおむね2%未満とされる)、中間型(持続的に軽度から中等度の高BCAA血症を示し、発達遅滞などで見つかる)、間欠型(ふだんはほぼ正常で、感染症などのストレス時にだけ急性増悪する)、チアミン(ビタミンB1)反応型です。さらに、BCKDH複合体のE3成分(ジヒドロリポアミド脱水素酵素)の欠損では、ピルビン酸脱水素酵素やα-ケトグルタル酸脱水素酵素も同時に障害され、乳酸アシドーシスを伴います。このため、E3欠損は通常、独立した病態として扱われます。日本では1977年に始まった新生児マススクリーニングの当初から対象疾患であり、2014年度以降はタンデムマス法による全国スクリーニングで発見されています。指定難病(告示番号244)であり、小児慢性特定疾病(先天性代謝異常)の対象でもあります。
メープルシロップ尿症の疫学・患者数
世界全体の発生頻度は出生約18万〜20万人に1人前後とされます。一方、創始者効果のある集団(北米のオールドオーダー・メノナイトなど)では数百人に1人と非常に高頻度です。日本での発生頻度は新生児マススクリーニングの集計から出生数十万人に1人程度と推定され、欧米よりやや低いと考えられています。国内の患者数は限られ、全国で数十人から百人規模の希少疾患とみられます。常染色体潜性遺伝のため性差はありません。古典型の多くは生後数日から1週間ほどで発症し、スクリーニングの結果が届く前に症状が出ることも少なくありません。中間型や間欠型は乳児期以降、時に幼児期から成人期になって、感染症・手術・絶食などをきっかけに初めて診断されることがあります。スクリーニングが行われる前に生まれた世代や、軽症型でスクリーニングの基準値を超えなかった例では、診断が遅れる可能性も指摘されています。
メープルシロップ尿症の原因・病態生理
BCKDH複合体は、E1(α・β二つのサブユニットからなるヘテロ四量体、チアミンピロリン酸依存)、E2(ジヒドロリポイルトランスアシラーゼ)、E3(ジヒドロリポアミド脱水素酵素)の3つの触媒成分で構成されます。それぞれBCKDHA(E1α)、BCKDHB(E1β)、DBT(E2)、DLD(E3)遺伝子にコードされています。両親から受け継いだ2つの対立遺伝子の両方に病的変異があると発症します。両親はふつう無症状の保因者で、同じ両親から生まれる子が罹患する確率は1回の妊娠ごとに25%です。変異の種類と残存活性には一定の関係があり、チアミン反応型はE2(DBT)変異例で報告が多いとされます。このほか、複合体の活性を調節する脱リン酸化酵素の遺伝子(PPM1K)の異常による軽症例も報告されています。
酵素活性が低下すると、食事中のたんぱく質や、飢餓・感染・外傷などで分解される体たんぱく(異化)から生じたBCAAを処理できず、血中ロイシンが急速に上昇します。ロイシンとα-ケトイソカプロン酸による脳障害には、いくつかの機序が考えられています。第一に、血液脳関門の大型中性アミノ酸輸送体(LAT1)でロイシンが他のアミノ酸と競合し、トリプトファン・チロシン・メチオニンなどの脳内への取り込みが減ります。その結果、セロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質の合成が低下します。第二に、脳内でのグルタミン酸・グルタミン・GABAの代謝が乱れます。第三に、エネルギー代謝が障害され、浸透圧の変化も加わって、細胞性浮腫(脳浮腫)が起こります。脳浮腫は特に髄鞘化の進んだ部位(小脳白質、脳幹背側、内包後脚、淡蒼球など)に強く現れます。加えて急性期には、尿中へのBCKA排泄に伴うナトリウム喪失や抗利尿ホルモンの不適切分泌によって低ナトリウム血症が起こりやすく、脳浮腫を悪化させます。慢性期には、高ロイシン状態が続くことで神経伝達物質の不均衡が生じ、認知・情緒面の問題につながると考えられています。逆に、治療中にイソロイシンやバリンが不足すると、体たんぱくの合成が止まってロイシンが下がりにくくなるほか、皮膚炎や成長障害の原因になります。
メープルシロップ尿症の症状
- 哺乳不良・嘔吐: 古典型では生後数日で哺乳力が落ち、嘔吐やミルクの飲み残しが目立つようになります。最初の徴候であることが多く、敗血症などと区別しにくい症状です。
- 特有の甘いにおい: 尿・汗・耳垢がメープルシロップやカラメルのような甘いにおいを帯びます。初期にははっきりしないこともあり、においがないからといって否定はできません。
- 傾眠・意識障害: 活気がなくなり、うとうとした状態から昏睡へと進行します。血中ロイシン値の上昇とおおむね相関します。
- 筋緊張の異常・異常姿勢: 筋緊張の低下と亢進が入れ替わったり、後弓反張(体を弓なりに反らす姿勢)がみられたりします。手足を「フェンシング」や「自転車こぎ」のように動かす特徴的な動作が知られています。
- けいれん: 急性期の脳症に伴って起こります。脳波異常を伴うことがあり、抗けいれん薬と並行して代謝の是正が不可欠です。
- 脳浮腫と呼吸障害: 重症例では脳浮腫による頭蓋内圧亢進、無呼吸、呼吸不全に至り、生命に関わります。
- ケトーシス・代謝性アシドーシス: BCKAやケトン体が増え、尿ケトン陽性や代謝性アシドーシスを示すことがあります。高アンモニア血症は通常ないか、あっても軽度です。
- 運動失調・急性脳症(間欠型・年長児): 感染症や絶食をきっかけに、ふらつき、構音障害、興奮、錯乱、意識障害などが突然現れます。
- 発達遅滞・知的障害: 診断の遅れや代謝コントロール不良が続くと、運動・知的発達の遅れが残ることがあります。中間型ではこれが受診のきっかけになることもあります。
- 精神・行動面の症状: 慢性的な高ロイシン状態と関連して、注意欠如・多動、不安、抑うつ、気分の変動などがみられやすいと報告されています。
- 皮膚炎・成長障害(治療関連): イソロイシンなどを制限しすぎると、口の周りやおむつ部の腸性肢端皮膚炎に似た皮疹、体重増加不良、脱毛などが起こることがあります。
メープルシロップ尿症の経過と合併症
古典型を治療しないと、生後1週前後から急速に悪化し、脳浮腫と呼吸不全によって新生児期・乳児期早期に死亡することが多いとされます。救命できても、重い精神運動発達遅滞や痙性麻痺が残る危険があります。早期に診断して治療を始めた場合でも、代謝不全の危険は生涯続きます。感冒、胃腸炎(嘔吐・下痢)、発熱、手術、外傷、長時間の絶食、ステロイド投与、分娩などの異化亢進状態では、数時間から1〜2日のうちに血中ロイシンが急上昇し、急性脳症を起こすことがあります。乳幼児期は体重あたりのたんぱく代謝量が多く、感染症も繰り返すため、最も不安定な時期です。年齢が上がるとやや安定する傾向がありますが、思春期には食事療法を守るのが難しくなり、成人期には妊娠・出産などの課題が加わります。間欠型・中間型でも、増悪時の症状の重さは古典型に匹敵することがあり、決して軽視できません。
合併症としては、急性期の脳浮腫・脳ヘルニア、低ナトリウム血症、けいれん重積、誤嚥性肺炎が重要です。慢性期には、知的障害、注意欠如・多動症(ADHD)様の症状、不安障害、抑うつ、ジストニアや振戦などの運動異常が報告されています。代謝クリーゼの後に急性膵炎を起こした例も報告されています。長期にわたる食事制限に関連して、骨密度の低下(骨粗鬆症)、微量栄養素の欠乏(亜鉛・セレン・ビタミン類など)、成長障害が起こりうるため、栄養評価が欠かせません。肝移植を受けた患者さんでは、免疫抑制薬の副作用、拒絶反応、感染症など、移植に関連した合併症に注意が必要です。
メープルシロップ尿症の診断・診断基準
日本では、生後4〜6日ごろに採取する乾燥ろ紙血を用いた新生児マススクリーニング(タンデムマス法)で、ロイシン+イソロイシン(質量分析では同じ質量のため合算して測定される)とバリンの高値をもとに疑われるのが一般的です。陽性の連絡を受けた医療機関は、直ちに児の全身状態(哺乳、活気、筋緊張、呼吸)を確認します。そのうえで、血漿アミノ酸分析、尿有機酸分析、血液ガス、血糖、電解質、アンモニア、尿ケトンを緊急で調べます。症状がある場合は、確定診断を待たずに治療を始めます。確定診断は、血漿アロイソロイシンの検出を含むアミノ酸分析、尿中の分岐鎖2-オキソ酸・2-ヒドロキシ酸の検出、必要に応じた酵素活性測定、遺伝子解析を組み合わせて行います。スクリーニングの前に発症した例や、スクリーニングの対象外だった年長児・成人の急性脳症では、原因のはっきりしない意識障害、ケトアシドーシス、特有のにおいがあれば本症を疑い、アミノ酸分析を行うことが重要です。診断と治療の方針は、日本先天代謝異常学会の診療ガイドライン(新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン)や、指定難病の診断基準を参考に決められます。
- 新生児マススクリーニング(タンデムマス法): 乾燥ろ紙血のロイシン+イソロイシンとバリンの上昇で疑われます。軽症型では基準値に届かず見逃される場合もあり、スクリーニングが陰性でも症状があれば精密検査が必要です。
- 血漿アミノ酸分析: ロイシン、イソロイシン、バリンが上昇し、急性期のロイシンはしばしば正常の10倍以上に達します。治療効果の判定や長期管理の指標にも使われます。
- 血漿アロイソロイシン: イソロイシン代謝の異常から生じる異性体で、本症に特異的な所見(診断的マーカー)とされます。わずかな上昇でも診断的意義があります。
- 尿有機酸分析(GC/MS): α-ケトイソカプロン酸などの分岐鎖2-オキソ酸と、2-ヒドロキシ酸の排泄増加を確認します。他の有機酸代謝異常症との鑑別にも役立ちます。
- 一般血液・尿検査: 血液ガス(代謝性アシドーシスの有無)、血糖、電解質(特に血清ナトリウム)、アンモニア、乳酸、尿ケトンを評価します。重症度の判断や鑑別に重要です。
- 酵素活性測定: 培養皮膚線維芽細胞やリンパ球でBCKDH複合体の活性を測定し、残存活性から病型を推定します。実施できる施設は限られます。
- 遺伝子解析: BCKDHA、BCKDHB、DBT(必要に応じてDLDなど)の病的変異を調べ、診断を確定します。家族の保因者診断や遺伝カウンセリングの基礎になります。
- 頭部MRI(拡散強調画像を含む): 急性期には小脳白質、脳幹背側、内包後脚、淡蒼球などに拡散制限を伴う特徴的な浮腫性変化(MSUD浮腫)がみられます。治療によって改善しうる所見です。
- チアミン反応性の評価: 診断後、ビタミンB1を一定期間投与し、ロイシン耐容量やBCAA値が改善するかを確認します。完全に反応する例はまれですが、管理の参考になります。
メープルシロップ尿症と鑑別すべき疾患
- 新生児敗血症・髄膜炎: 哺乳不良や活気低下は共通しますが、本症では特有のにおい、ケトーシス、血漿アミノ酸の異常が手がかりとなり、両者が併存することもあります。
- 他の有機酸代謝異常症(プロピオン酸血症、メチルマロン酸血症、イソ吉草酸血症など): これらは高アンモニア血症や強いアニオンギャップ性アシドーシスを伴いやすく、尿有機酸分析とアシルカルニチン分析で区別できます。
- 尿素サイクル異常症: 著明な高アンモニア血症が中心で、BCAAの上昇やアロイソロイシンを伴わない点が異なります。
- 非ケトーシス型高グリシン血症: 新生児期の意識障害、無呼吸、けいれんを示しますが、血中・髄液中のグリシン増加とケトーシスがないことで区別されます。
- ジヒドロリポアミド脱水素酵素(E3)欠損症: BCAAの軽度上昇に加えて、高乳酸血症やα-ケトグルタル酸の排泄増加を伴い、ミトコンドリア病に近い病像を示します。
- 低酸素性虚血性脳症・頭蓋内出血: 周産期の経過や画像所見で区別されますが、出生直後は正常で数日後に悪化する経過は代謝異常症を強く疑わせます。
メープルシロップ尿症の治療
治療の柱は2つあります。1つは急性期に血中ロイシンを速やかに下げて脳を守ること、もう1つは慢性期に分岐鎖アミノ酸を制限した食事療法で血中濃度を目標範囲に保ち、正常な成長と発達を支えることです。急性期の目標は、①十分なエネルギーを与えて異化を止め、同化(体たんぱくの合成)を促すこと、②BCAA以外の必須アミノ酸を補ってロイシンを体たんぱくへ取り込ませること、③必要に応じて血液浄化で毒性物質を直接除去すること、④脳浮腫と電解質異常を管理することです。慢性期には、BCAAを除去した特殊ミルク(治療用アミノ酸製剤)を基本に、自然たんぱくから摂るロイシン量を個別に調整します。イソロイシンとバリンは不足しやすいため、必要に応じて補います。目標とする血中ロイシン濃度は年齢やガイドラインによって幅があり、主治医と管理栄養士が定期的な血液検査をもとに決めます。治療は先天代謝異常症の専門医、管理栄養士、集中治療チームが連携して行うことが望まれます。個々の治療方針は、必ず主治医や専門医と相談して決めてください。
- 急性期のたんぱく制限と高カロリー輸液: 自然たんぱくを一時的に止め、ブドウ糖を中心とした輸液に脂肪乳剤を加えて十分なカロリーを与え、異化を抑えます。高血糖になる場合はインスリンを併用し、同化を促すことがあります。
- BCAA除去アミノ酸製剤とイソロイシン・バリンの補充: 経腸栄養が可能になったら早めにBCAA除去ミルクを開始し、体たんぱくの合成を促します。急速に下がるイソロイシンとバリンを補充することが、ロイシンを効率よく下げるうえで重要とされます。
- 血液浄化療法: 血中ロイシンが著しく高い場合や、意識障害・脳浮腫が進む場合には、持続的血液濾過透析や血液透析によってロイシンとBCKAを速やかに除去します。新生児にも行えますが、実施できる施設は限られます。
- 脳浮腫・電解質の管理: 低張な輸液を避け、血清ナトリウムを正常範囲の高めに保つよう管理します。頭蓋内圧が上がる場合には、高張食塩水やマンニトールなどの浸透圧療法、呼吸管理を行います。
- 慢性期の食事療法: BCAA除去の特殊ミルクと、計算された量の自然たんぱく(母乳・普通ミルク・低たんぱく食品など)を組み合わせ、成長に必要なエネルギーと栄養素を確保します。日本では特殊ミルクの供給体制が整っており、管理栄養士の指導のもとで生涯続けるのが原則です。
- チアミン(ビタミンB1)投与: チアミン反応型が疑われる場合に試みられます。反応があっても食事療法を中止できる例は少なく、補助的な位置づけです。
- シックデイ・プロトコール: 発熱、嘔吐、食欲不振のときは、自然たんぱくを減らし、糖質と特殊ミルクでカロリーを確保する手順をあらかじめ決めておきます。改善しなければ早めに受診し、ブドウ糖輸液を受けます。
- 肝移植: 肝臓は全身のBCKDH活性の一部(約1割程度)を担うにすぎません。それでも肝移植によって代謝クリーゼが起こりにくくなり、食事制限を大きく緩められることが報告されています。一方で、移植手術や免疫抑制に伴うリスクがあり、すでに生じた神経障害は回復しないため、適応は専門施設で慎重に検討されます。
- 発達支援・リハビリテーション: 発達評価に基づいて、理学療法・作業療法・言語療法や療育を行います。必要に応じて、ADHDや不安・抑うつに対する精神科・心療内科的な支援を組み合わせます。
メープルシロップ尿症の予後・長期フォロー
予後は、診断と治療開始までの時間、初回クリーゼの重症度と持続時間、その後の長期的な代謝コントロール(血中ロイシン値の安定性)に大きく左右されます。新生児スクリーニングで早期に見つかり、発症前または発症直後に治療を始めた例では、生命予後は大きく改善しています。知的発達も正常範囲に達する例が少なくありません。一方、高ロイシン状態が長く続いた例や、クリーゼを繰り返した例では、知能指数が低くなる傾向が報告されています。早期治療例でも、注意・実行機能の弱さや情緒面の問題が一定の割合でみられるとされます。肝移植を受けた例では、代謝が安定して生活の自由度が上がる一方、移植に伴う管理が生涯続きます。女性患者の妊娠・出産は可能と報告されていますが、胎児の発育に必要なたんぱく需要の変化や、分娩・産褥期の異化による増悪リスクがあるため、計画的な管理が必要です。
長期フォローアップでは、血漿アミノ酸(ロイシン・イソロイシン・バリン・アロイソロイシン)を定期的に測定します。乳児期には特に頻繁な測定が勧められ、自宅で採取したろ紙血を郵送して評価する方法も用いられます。あわせて、身長・体重、栄養指標(アルブミン、微量元素、ビタミン、必須脂肪酸など)、骨密度、発達・知能検査、精神・行動面の評価を年齢に応じて行います。思春期から成人期にかけては、小児科から成人診療科への移行期医療が課題になります。自分で食事管理や体調管理ができるように、本人への教育を段階的に進めることが大切です。
メープルシロップ尿症の日常生活の注意点と公的支援(医療費助成)
日常生活では、決められたたんぱく量と特殊ミルクを守ること、そして空腹や絶食を長く続けないことが基本です。発熱、嘔吐、下痢、食欲不振などの体調不良時には異化が進みやすいため、主治医と作成したシックデイ対応表に沿って早めに対処します。嘔吐で糖分がとれない場合はためらわずに受診してください。手術や歯科処置、予防接種などの際は、事前に主治医へ相談し、絶食時間を短くしたり輸液を準備したりします。代謝異常症であることと緊急時の対応方法を記した緊急カード(診療情報提供書)を常に持ち歩き、保育所・学校・職場にも給食の調整や体調不良時の連絡方法を伝えておくと安心です。予防接種は感染症によるクリーゼを防ぐうえでも重要とされ、通常は主治医と相談のうえ予定どおり受けることが勧められます。常染色体潜性遺伝の疾患のため、次の子どもを考える両親や、患者さんのきょうだい・本人の結婚・妊娠に際しては、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーによる遺伝カウンセリングを受け、再発率や出生前・着床前に関する選択肢について正確な情報を得ることができます。
利用できる制度・相談窓口
メープルシロップ尿症は指定難病であり、診断基準と重症度基準を満たせば医療費助成を受けられます。申請は、難病指定医が作成した臨床調査個人票を添えて、お住まいの都道府県・指定都市の窓口(保健所など)で行います。18歳未満(継続の場合は20歳未満まで延長可)は小児慢性特定疾病医療費助成の対象であり、日常生活用具の給付や自立支援事業も利用できます。BCAA除去ミルクなどの特殊ミルクは、医薬品として処方されるもののほか、特殊ミルク事務局(恩賜財団母子愛育会)を通じた供給制度があり、主治医を介して入手します。知的障害や運動障害が残った場合は、療育手帳や身体障害者手帳、特別児童扶養手当・障害児福祉手当、障害福祉サービス(児童発達支援、放課後等デイサービスなど)の対象となる可能性があります。成人で障害の程度が基準に該当する場合は障害年金を申請できることがあります。相談窓口には、主治医のほか、難病相談支援センター、保健所の保健師、小児慢性特定疾病の自立支援員、医療ソーシャルワーカー、日本先天代謝異常学会の情報、患者家族会などがあります。
メープルシロップ尿症に伴う心のケア・心理社会的支援
生まれた直後に命に関わる病気と診断されることは、家族にとって大きな衝撃です。新生児期の集中治療、厳密な食事計量、頻回の採血、体調を崩すたびの入院が続くなかで、保護者、とりわけ主に養育を担う人には不安、抑うつ、睡眠不足、燃え尽きが生じやすくなります。「少しの風邪でも悪化するかもしれない」という緊張が続くことも、本症に特有の負担です。患者さん本人も、成長するにつれて友人と同じものを食べられないこと、特殊ミルクの味や量への抵抗感、学校行事や外食での疎外感に悩むことがあります。思春期には食事療法への反発や自己管理の負担から、代謝コントロールが不安定になりやすい傾向があります。さらに、本症そのものが不安や注意の問題、抑うつと関連しうることも知られています。そのため、気持ちの落ち込みや意欲の低下、強い不安が続く場合には、「性格」や「努力不足」と片づけず、主治医に相談してください。心理士、精神科・心療内科、医療ソーシャルワーカーなどの支援を受けることが大切です。同じ病気の家族と交流できる患者家族会も、孤立感を和らげる助けになります。
Medi Faceでは、慢性疾患に伴うこころの不調についてのオンライン相談も行っています。お問い合わせはこちら。
メープルシロップ尿症の受診の目安
- 新生児マススクリーニングで再検査や精密検査の連絡を受けたら、症状がなくてもその日のうちに指定の医療機関へ連絡し、受診してください。
- 新生児・乳児で哺乳が急に悪くなった、ぐったりしている、甘いにおいがする、反り返りや手足の不自然な動きがある場合は、すぐに受診してください。
- 診断を受けている患者さんで嘔吐が続き、ミルクや糖分がとれないときは、症状が軽く見えても早めに主治医へ連絡し、受診してください。
- いつもより反応が鈍い、ふらつく、ろれつが回らない、興奮や錯乱がある場合は、代謝クリーゼの可能性があるため救急受診してください。
- けいれん、呼びかけに反応しない、呼吸がおかしいといった場合は、ためらわずに救急車を呼び、緊急カードを提示してください。
- 手術や長時間の絶食を伴う検査・処置を予定している場合は、事前に主治医へ相談してください。
メープルシロップ尿症についてのよくある質問
Q. 尿が甘いにおいでなければ、この病気ではないのですか?
A. においは特徴的な手がかりですが、発症初期や軽症型でははっきりしないことがあり、においだけでは判断できません。診断には血液中のアミノ酸分析、特にアロイソロイシンの測定が必要です。気になる症状があれば、においの有無にかかわらず受診してください。
Q. 食事療法はいつまで続ける必要がありますか?
A. 原則として生涯続けることが勧められています。成長に伴って許容量や内容は変わりますが、成人期にも体調不良や異化をきっかけにクリーゼが起こりうるためです。肝移植を受けた場合は大きく緩和できることがありますが、方針は主治医と相談して決めます。
Q. 次の子どもも同じ病気になりますか?
A. 常染色体潜性遺伝のため、両親がともに保因者であれば、妊娠のたびに25%の確率で罹患した子が生まれます。50%は保因者、25%は保因者でもない子になります。具体的な検査や選択肢については、遺伝カウンセリングで相談できます。
Q. 早く治療を始めれば普通に学校へ通えますか?
A. 新生児期に早く診断され、代謝コントロールが良好に保たれている患者さんの多くは、通常の学校生活を送っています。ただし、給食の調整や体調不良時の対応について、学校と事前に連携しておくことが大切です。学習や注意の面で支援が必要になる場合もあるため、定期的に発達を評価することが勧められます。
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この記事について
最終更新: 2026-10-18。発行: 株式会社Medi Face。本ページは、MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター、各学会の診断基準・診療ガイドラインなどの公的・専門的情報を参照して作成した一般的な医学情報であり、診断・治療の代替ではありません。個別の診療は主治医・専門医にご相談ください。参考: MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター。記載内容に誤りや古い情報を見つけた場合はお問い合わせからお知らせください。