肥大型心筋症

Hypertrophic Cardiomyopathy, HCM

肥大型心筋症(Hypertrophic Cardiomyopathy, HCM)|肥大型心筋症(HCM)は、高血圧や弁膜症などの明らかな原因がないのに心臓の筋肉(主に左心室)が異常に厚くなる病気です。多くは心筋の収縮装置(サルコメア)をつくる蛋白の遺伝子変異によって起こり、小児から高齢者まで幅広い年齢で診断されます。無症状のまま経過する人も多い一方、息切れ・胸痛・失神、心房細動や脳梗塞、心不全、若年者の突然死の原因になることがあり、適切な評価と長期の管理が重要です。

肥大型心筋症の要点

肥大型心筋症は、高血圧や弁膜症などの明らかな原因がないのに左心室を中心に心筋が厚くなる病気で、多くはサルコメア蛋白の遺伝子変異が関与します。無症状のこともありますが、息切れ・胸痛・失神、不整脈、心不全、突然死を来すことがあり、指定難病(告示番号58)です。

別名・略称肥厚型心筋症、HCM、特発性肥厚性大動脈弁下狭窄、IHSS
分野循環器・先天性心疾患
遺伝形式多くは常染色体顕性(優性)遺伝。サルコメア蛋白の遺伝子変異が関与
好発年齢小児から高齢者まで幅広い年齢で診断される
主な症状無症状のことも多い。息切れ・胸痛・失神、動悸、心房細動、心不全
主な検査心電図、心エコー、心臓MRI、運動負荷検査、遺伝学的検査
主な治療β遮断薬などの薬物療法、閉塞性では中隔縮小術、必要に応じて植込み型除細動器(ICD)
受診する主な診療科循環器内科(小児は小児循環器科)

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肥大型心筋症とは

肥大型心筋症は、左室壁厚の異常な増大(通常は最大壁厚15mm以上、家族歴がある場合は13mm以上が目安)が、高血圧・大動脈弁狭窄など心臓に負担をかける条件だけでは説明できない状態と定義されます。肥大は心室中隔に強く出ることが多いものの、心尖部・心室中部・側壁などさまざまな部位に非対称に生じます。心筋が厚く硬くなるため拡張(血液をためる働き)が障害され、収縮力はむしろ保たれるか過剰であることが特徴です。病理学的には心筋細胞の肥大、配列の乱れ(錯綜配列)、間質の線維化がみられ、これらが不整脈や心不全の土台となります。日本では指定難病(告示番号58)に指定されています。

病型は主に血行動態によって分類されます。左室流出路(大動脈へ血液が出ていく通り道)に安静時または誘発時に30mmHg以上の圧較差がある閉塞性肥大型心筋症、圧較差のない非閉塞性、心室中部の狭窄による心室中部閉塞性、心尖部に肥大が限局する心尖部肥大型(日本を含む東アジアで比較的多く、心電図の巨大陰性T波が手がかりになります)があります。また、経過中に肥大した心筋が線維化して壁が薄くなり、左室駆出率(EF)が50%未満に低下した状態は拡張相肥大型心筋症と呼ばれ、予後不良な進行期として区別されます。歴史的には1950年代に英国で若年突然死例の病理所見として報告され、当初は「特発性肥厚性大動脈弁下狭窄」などの名称が用いられましたが、閉塞のない例が多いことが分かり、現在の名称に統一されました。1990年にβミオシン重鎖遺伝子の変異が初めて同定され、サルコメア病としての理解が確立しました。

肥大型心筋症の疫学・患者数

心エコーを用いた一般住民調査では、成人のおよそ500人に1人程度にHCMに合致する所見がみられると報告されています。遺伝子変異の保因者まで含めると、さらに多いとする推計もあります。一方、過去の国内調査では「10万人あたり15〜20人程度」という数値が示されています。これは医療機関を受診して診断された患者を集計したもので、実際には診断されていない人が多数いると考えられています。指定難病として医療費助成を受けている人数はこれより少なく、軽症で助成対象外の人や未診断の人が相当数いるとみられます。診断年齢は乳児から高齢者まで幅広く、思春期から中年期にかけて肥大が顕在化することが多い一方、近年は高齢になって初めて見つかる例も増えています。遺伝形式は常染色体顕性(優性)で、男女に等しく遺伝します。ただし臨床的に診断される割合は男性がやや多く、女性は診断時の年齢が高く症状が強い傾向があるとの報告があります。日本では心尖部肥大型の割合が欧米より高いことが知られています。

肥大型心筋症の原因・病態生理

HCMの多くは、心筋のサルコメア(収縮の最小単位)を構成する蛋白の遺伝子変異によって起こります。最も頻度が高いのはβミオシン重鎖遺伝子(MYH7)と心筋ミオシン結合蛋白C遺伝子(MYBPC3)で、遺伝子変異が見つかる患者の大半をこの2つが占めます。ほかにトロポニンT(TNNT2)、トロポニンI(TNNI3)、αトロポミオシン(TPM1)、ミオシン軽鎖(MYL2、MYL3)、心筋アクチン(ACTC1)などが知られています。遺伝形式は常染色体顕性で、患者の子には1/2の確率で変異が伝わりますが、同じ変異を持っていても肥大の程度や発症年齢には大きな個人差があります(不完全浸透、表現型の多様性)。遺伝学的検査で原因変異が特定されるのは全体の半数程度とされ、残りは原因不明であるか、複数の遺伝的・環境的要因が関与すると考えられています。なお、ファブリー病などのライソゾーム病、ミトコンドリア病、ヌーナン症候群などのRAS経路異常症、心アミロイドーシスなども心肥大を呈しますが、これらは原因が異なるため「HCM様の表現型を示す二次性心筋症(フェノコピー)」として区別され、治療方針も異なります。

発症機序の中心は、変異したサルコメア蛋白によってミオシンとアクチンの相互作用が過剰になる(過収縮)ことにあると考えられています。本来は休止状態にあるべきミオシン頭部が多く活性化し、エネルギー(ATP)消費が増大し、細胞内カルシウム処理の異常や心筋のエネルギー不足を招きます。これが心筋細胞の肥大、錯綜配列、間質線維化を引き起こし、心室は厚く硬くなります。その結果、①拡張障害による左房圧の上昇(息切れ、肺うっ血、心房細動の誘因)、②肥大した中隔と僧帽弁の前方運動(SAM)による左室流出路狭窄と僧帽弁逆流、③厚い心筋に対し冠動脈の微小循環が追いつかないことによる心筋虚血(冠動脈に狭窄がなくても胸痛が起こる)、④線維化を基盤とする心室性不整脈、という4つの病態が絡み合って症状や合併症を生じます。流出路狭窄は動的なもので、脱水、立ち上がり、排便時のいきみ、飲酒、血管拡張薬、運動直後などで強くなり、失神の原因になります。

肥大型心筋症の症状

  • 労作時の息切れ: 最も多い症状で、心臓の拡張障害や流出路狭窄により左房圧が上がり肺がうっ血するために起こります。坂道や階段で目立ち、進行すると安静時にも現れます。
  • 胸痛・胸部圧迫感: 厚い心筋への酸素供給が不足する微小循環障害が主な原因で、冠動脈に狭窄がなくても狭心症に似た痛みが起こります。運動時や食後に起こりやすい傾向があります。
  • 動悸: 心房細動、期外収縮、心室頻拍などの不整脈によって生じます。脈が速く不規則になる場合は心房細動の可能性があり、評価が必要です。
  • 失神・前失神: 流出路狭窄の増悪や重い不整脈で脳への血流が一時的に低下して起こります。特に運動中・運動直後の失神や原因不明の失神は突然死リスクの評価で重要な所見です。
  • めまい・立ちくらみ: 立ち上がり、入浴後、脱水時などに流出路の圧較差が強まり血圧が下がることで起こります。失神の前触れとなることがあります。
  • 易疲労感・運動耐容能の低下: 運動時に心拍出量を十分増やせないため、疲れやすさや体力低下として感じられます。本人が年齢や運動不足のせいと考え、見過ごされやすい症状です。
  • 夜間の呼吸困難・むくみ: 心不全が進行すると、横になると息苦しい(起座呼吸)、夜間に息苦しさで目覚める、足のむくみや体重増加などが現れます。拡張相への移行のサインのこともあります。
  • 心雑音: 閉塞性では胸骨左縁に収縮期雑音が聴取され、いきみや立位で増強するのが特徴です。健診で雑音を指摘されて発見されることがあります。
  • 脳梗塞などの塞栓症状: 心房細動に伴い左房内にできた血栓が脳に飛ぶと、片側の麻痺、言葉のもつれ、顔のゆがみなどが突然出現します。HCMでは心房細動に伴う塞栓症リスクが高いとされます。
  • 無症状・突然死: 多くの患者は無症状で、健診の心電図異常や家族検診で見つかります。一方、若年者では心臓突然死が最初の表れとなることがまれにあります。

肥大型心筋症の経過と合併症

自然歴は非常に多様で、多くの患者は生涯にわたり症状が軽いか無症状で、一般人口に近い寿命を得られることが分かっています。肥大は思春期から若年成人期に進むことが多く、成人以降は大きく変化しないことが一般的です。経過の中で問題となるのは、①心臓突然死(主に若年者)、②流出路閉塞や拡張障害による心不全症状の進行、③心房細動とそれに伴う脳塞栓症、④拡張相への移行、の4つの経路です。拡張相肥大型心筋症はHCM患者の一部(数%程度とされる)にみられ、線維化が広がって収縮力が低下し、拡張型心筋症に似た病態となります。この段階では重症心不全や致死性不整脈のリスクが高く、心臓移植が検討されることもあります。

主な合併症は、心房細動(患者の約2割以上に生じるとされ、加齢とともに増加し、心不全悪化や脳梗塞の原因になります)、心室頻拍・心室細動(突然死の主因)、心不全、僧帽弁逆流(SAMに伴う)、感染性心内膜炎(流出路狭窄や弁異常がある例で)、左室心尖部瘤(心室中部閉塞型に合併しやすく、血栓や不整脈の温床となります)などです。また、妊娠・出産、手術時の麻酔、脱水を伴う急性疾患などでは血行動態が不安定になりやすいため、事前に主治医と情報共有しておくことが大切です。

肥大型心筋症の診断・診断基準

診断のきっかけは、健診での心電図異常や心雑音、症状による受診、家族がHCMと診断されたことによる家族検診などです。まず心電図と心エコー検査で左室の肥大の有無・部位・程度を確認し、高血圧、大動脈弁狭窄、運動による生理的肥大(スポーツ心臓)など肥大を説明しうる他の原因を除外します。次に、安静時および負荷時(バルサルバ法、立位、運動負荷)の流出路圧較差を測定して閉塞性か否かを判定し、心臓MRIで肥大の分布と線維化を評価します。さらにホルター心電図などで不整脈を調べ、突然死のリスクを総合的に評価します。年齢、全身症状、心電図・画像所見からファブリー病や心アミロイドーシスなどの二次性心筋症が疑われる場合は、血液・尿検査、心筋シンチグラフィ、心筋生検、遺伝学的検査などで確認します。日本では日本循環器学会などの心筋症診療ガイドラインに沿って評価が行われ、指定難病の申請には難病指定医による診断基準と重症度分類に基づく臨床調査個人票が必要です。

  • 心エコー検査(経胸壁): 診断の中心となる検査で、左室壁厚(15mm以上、家族歴があれば13mm以上が目安)と肥大の分布、収縮・拡張機能、SAM、僧帽弁逆流を評価します。ドプラ法で流出路圧較差を測定し、安静時に30mmHg未満でもバルサルバ法や立位・運動負荷で誘発されるかを確認します。
  • 12誘導心電図: 大多数の患者で左室高電位、ST-T変化、異常Q波などの異常がみられ、心尖部肥大型では巨大陰性T波が特徴的です。家族検診のスクリーニングとしても重要です。
  • ホルター心電図・長時間心電図モニタリング: 非持続性心室頻拍や心房細動の有無を確認し、突然死リスクや抗凝固療法の要否の判断に用います。動悸や失神がある場合は植込み型心電計が使われることもあります。
  • 心臓MRI(遅延造影を含む): 心エコーで見えにくい心尖部や側壁の肥大、心尖部瘤を正確に評価できます。ガドリニウム遅延造影で描出される線維化の広がりは、突然死や拡張相移行のリスク因子として参考にされます。
  • 運動負荷試験・心肺運動負荷試験: 運動耐容能、運動時の血圧反応(上昇不良は突然死リスクの指標の一つ)、運動で誘発される流出路圧較差や不整脈を評価します。運動指導の目安を決める際にも役立ちます。
  • 血液検査(BNP/NT-proBNP等): 心負荷の程度を反映し、経過観察や治療効果判定の参考となります。二次性心筋症の鑑別として、腎機能、甲状腺機能、αガラクトシダーゼ活性、免疫グロブリン遊離軽鎖などを調べることがあります。
  • 心臓カテーテル検査・心筋生検: 冠動脈疾患の除外、圧較差の直接測定、中隔縮小治療前の評価に用います。心筋生検は錯綜配列・線維化の確認に加え、アミロイドーシスや蓄積病など二次性の原因を鑑別する目的で行われます。
  • 遺伝学的検査・遺伝カウンセリング: サルコメア遺伝子などを解析し、原因変異が特定されれば家族の発症前診断に活用できます。二次性心筋症の確定にも有用ですが、結果の解釈が難しい場合も多く、遺伝カウンセリングを伴って行うことが推奨されます。
  • 突然死リスク評価: 突然死の家族歴、原因不明の失神、著明な肥大(最大壁厚30mm以上)、非持続性心室頻拍、広範な遅延造影、心尖部瘤、EF低下などを総合して評価します。欧州のリスクスコア(HCM Risk-SCD)なども参考にされます。

肥大型心筋症と鑑別すべき疾患

  • 高血圧性心疾患: 長期の高血圧による求心性肥大で、通常は対称性・軽度であり、血圧管理により肥大が軽減しうる点が異なります。
  • スポーツ心臓(アスリート心): 持久系競技者にみられる生理的肥大で、左室内腔の拡大を伴い拡張機能が正常で、トレーニング中止により肥大が退縮する点で区別します。
  • 大動脈弁狭窄症: 弁そのものの狭窄による圧負荷肥大で、心エコーで弁の石灰化・開放制限を確認すれば鑑別できます(HCMとの合併もありえます)。
  • 心アミロイドーシス: 心電図で低電位なのに壁が厚い、手根管症候群の既往、ピロリン酸シンチグラフィ集積などが手がかりで、特に高齢者では必ず鑑別すべき疾患です。
  • ファブリー病などのライソゾーム病: αガラクトシダーゼ活性低下、四肢末端痛、蛋白尿、短いPR間隔などが手がかりで、酵素補充療法などの特異的治療があるため見逃さないことが重要です。
  • ヌーナン症候群・ミトコンドリア病など: 乳幼児期発症の心肥大では、特徴的な顔貌・発達や神経・筋症状などの全身所見を伴う症候群や代謝性疾患を鑑別します。

肥大型心筋症の治療

治療の目的は、①症状の改善と生活の質の維持、②心臓突然死の予防、③心房細動・脳塞栓症・心不全など合併症の予防と管理です。無症状で閉塞やリスク因子のない人は、定期的な経過観察が中心となり、必ずしも薬を必要としません。閉塞性で症状がある場合は、まずβ遮断薬や非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬などで心拍数を抑え、拡張時間を延ばして圧較差を軽減します。効果が不十分な場合はシベンゾリンやジソピラミドなどの抗不整脈薬の追加、さらに近年は心筋ミオシン阻害薬という病態に直接作用する薬剤も選択肢となっています。薬物療法でも症状が残る重症の閉塞例では、外科的中隔心筋切除術や経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA)などの中隔縮小治療を、経験豊富な施設で検討します。突然死リスクが高い場合は植込み型除細動器(ICD)を検討し、心房細動があれば原則として抗凝固療法を行います。閉塞性HCMでは、硝酸薬や強い血管拡張薬、過量の利尿薬は圧較差を悪化させうるため慎重に扱われます。治療選択は病型・重症度・年齢・本人の希望により大きく異なるため、主治医や心筋症専門医とよく相談して決めることが大切です。

  • β遮断薬: 心拍数と心筋収縮を抑えて拡張時間を延ばし、流出路圧較差や胸痛・息切れを軽減する第一選択薬の一つです。非閉塞性で症状がある場合にも用いられます。
  • 非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬(ベラパミル、ジルチアゼム): β遮断薬が使えない・効果不十分な場合などに用い、拡張機能の改善と心拍数の抑制が期待されます。重度の閉塞や低血圧がある例では慎重な使用が必要です。
  • シベンゾリン・ジソピラミド: 陰性変力作用(収縮を弱める作用)により流出路圧較差を低下させる薬で、閉塞性HCMの症状改善に用いられます。抗コリン作用や低血糖などの副作用に注意が必要です。
  • 心筋ミオシン阻害薬: 過剰なミオシンとアクチンの結合を抑える新しい作用機序の薬で、症候性の閉塞性HCMで圧較差と症状の改善が示されています。駆出率低下などに注意して定期的な心エコーでの監視が必要であり、適応や使用条件は専門医の判断となります。
  • 中隔縮小治療(外科的心筋切除術・PTSMA): 薬物療法で改善しない重症の閉塞性HCMに対し、肥大した中隔を外科的に切除するか、中隔枝にアルコールを注入して心筋を壊死・菲薄化させて閉塞を解除します。どちらを選ぶかは解剖学的条件や合併病変、年齢を考慮し、経験豊富な施設で決定されます。
  • 植込み型除細動器(ICD): 心停止や持続性心室頻拍の既往がある人、または突然死リスク因子を複数持つ人で、致死性不整脈を検知して電気ショックで停止させます。突然死予防に最も確実な手段ですが、誤作動やリード不全などの課題もあり、リスクと利益を十分に話し合って決めます。
  • 心房細動の管理(抗凝固療法・リズム治療): HCMに伴う心房細動は脳塞栓症のリスクが高いため、一般的なリスクスコアにかかわらず抗凝固療法が基本とされます。症状が強い場合は抗不整脈薬やカテーテルアブレーションによるリズム治療も検討されます。
  • 心不全治療・心臓移植: 拡張相や重症心不全では、拡張型心筋症に準じた薬物療法や利尿薬、心臓再同期療法などを行います。最重症例では補助人工心臓や心臓移植が検討されます。
  • 生活指導・運動処方: 脱水の回避、過度の飲酒を控える、体重管理、睡眠時無呼吸の治療などを行います。中等度までの有酸素運動は多くの患者で安全で有益とされ、個別の運動強度は検査結果を踏まえ主治医と決めます。

肥大型心筋症の予後・長期フォロー

かつては予後不良の病気と考えられていましたが、紹介病院に偏らない集団の研究から、HCM全体の年間死亡率は低く、適切な管理を受けている多くの患者は一般人口に近い寿命を期待できることが明らかになりました。突然死の頻度は成人で年1%未満とされ、ICDによる予防の普及で若年者の突然死は減少しています。一方、近年は心不全と心房細動が主要な課題となっており、特に拡張相肥大型心筋症に移行した場合は予後が厳しく、専門施設での集学的治療が必要です。生活の質については、症状のコントロールができれば就労や家庭生活、適度な運動を継続できる人が大半ですが、閉塞性で症状の強い人では中隔縮小治療などで大きく改善することがあります。

HCMは長期にわたり変化しうる病気のため、症状が安定していても通常1〜2年ごとの定期的な心エコー、心電図、ホルター心電図などで肥大・閉塞・機能・不整脈の変化を確認し、突然死リスクを定期的に再評価します。小児・若年者では成長に伴い肥大が進むことがあるため、より頻回な評価が行われます。ICD植込み後はデバイス外来で作動記録や電池残量を確認します。また、妊娠を希望する場合、非心臓手術を受ける場合、新たな症状が出た場合は、早めに主治医に相談し、循環器内科と他科が連携して管理することが重要です。小児期に診断された患者では、小児循環器科から成人循環器科への移行期医療も課題となります。

肥大型心筋症の日常生活の注意点と公的支援(医療費助成)

日常生活では、脱水を避けることが特に重要です。閉塞性HCMでは、暑い環境での発汗、下痢・嘔吐、長時間の入浴やサウナ、多量の飲酒などで循環血液量が減ったり血管が広がったりすると、流出路狭窄が強まり失神につながることがあります。こまめな水分補給を心がけ、急な立ち上がりや排便時の強いいきみにも注意しましょう。なお、塩分制限は主に心不全を合併する場合に必要となるものです。HCMの全員に一律に厳しい減塩が必要なわけではないため、塩分量は主治医の指示に従ってください。運動については、かつては一律に制限されていましたが、現在は検査結果に基づき個別に判断します。ウォーキングなどの中等度の有酸素運動は、多くの人で推奨されます。競技スポーツや瞬発的な高強度運動は、専門医とリスクを相談して決めます。市販薬やサプリメント、勃起不全治療薬など血管拡張作用のある薬は、使用前に主治医・薬剤師に確認してください。ICDを植え込んだ場合は、自動車運転に一定期間の制限があるなどの規定があるため確認が必要です。遺伝性疾患であるため、親・兄弟姉妹・子など第一度近親者の心電図・心エコー検査が勧められ、子どもは学童期から定期的な検診を受けることが一般的です。遺伝学的検査や結婚・妊娠・出産にかかわる悩みは、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーによる遺伝カウンセリングで相談できます。多くの女性患者は適切な管理のもとで妊娠・出産が可能ですが、事前の評価と産科・循環器科の連携が欠かせません。口腔内を清潔に保ち、歯科治療の際にはHCMであることを伝えましょう。

利用できる制度・相談窓口

肥大型心筋症は指定難病(告示番号58)であり、診断基準を満たし、NYHA心機能分類などに基づく重症度基準に該当する場合、または重症度基準に満たなくても高額な医療を継続する必要がある場合(軽症高額該当)に、医療費助成の対象となります。申請には難病指定医が作成した臨床調査個人票が必要で、窓口はお住まいの都道府県・指定都市(保健所等)です。18歳未満(継続の場合は20歳未満)では小児慢性特定疾病医療費助成制度の対象疾患にも含まれています。心機能の低下やICD・ペースメーカーの植込みなどにより、身体障害者手帳(心臓機能障害)の認定対象となる場合があり、手帳により税の控除や交通機関の割引などが受けられます。病状により日常生活や就労に支障がある場合は障害年金の対象となる可能性があります。医療費が高額になった場合は高額療養費制度も利用できます。相談窓口としては、各都道府県の難病相談支援センター、保健所、医療機関の医療ソーシャルワーカー、患者会などがあり、就労については難病患者就職サポーター(ハローワーク)にも相談できます。制度の適用条件は個別に異なるため、主治医や窓口で確認してください。

肥大型心筋症に伴う心のケア・心理社会的支援

HCMは症状が軽い人も多い一方で、「いつ突然死が起こるか分からない」という不安を抱えやすい病気です。特に家族を突然死で亡くした経験がある人や、若くして診断された人では、強い不安や抑うつ、運動や外出を避ける回避行動がみられることがあります。ICDを植え込んだ人では、作動(電気ショック)への恐怖や、実際の作動後の不安・抑うつ、心的外傷後ストレス反応が生じることが知られています。また、遺伝性疾患であることから、子どもに遺伝させたのではないかという罪悪感、家族への告知や家族検診をどう勧めるかの悩み、結婚・妊娠・就職・保険加入などをめぐる心配も、この病気に特有の心理社会的課題です。学生・若年者では部活動や競技スポーツの制限が自己像や友人関係に影響することもあります。こうした気持ちは決して特別なものではなく、病気と向き合う中で自然に起こりうる反応です。眠れない、気分の落ち込みが2週間以上続く、日常生活に支障が出ているといった場合は一人で抱え込まず、主治医や看護師、心理職、遺伝カウンセラー、精神科・心療内科に相談してください。患者会などで同じ病気を持つ人と体験を共有することも支えになります。

Medi Faceでは、慢性疾患に伴うこころの不調についてのオンライン相談も行っています。お問い合わせはこちら。

肥大型心筋症の受診の目安

  • 失神した、または意識が遠のく感じがあった場合(特に運動中・運動直後)は、速やかに医療機関を受診してください。
  • 胸痛が安静にしても治まらない、冷や汗を伴う、意識がもうろうとするなどの場合は、ためらわず救急車を要請してください。
  • 顔や手足の片側の麻痺・しびれ、言葉が出にくい、ろれつが回らないなどの症状が突然出た場合は、脳梗塞の可能性があるため直ちに救急受診してください。
  • 動悸が続く、脈が急に不規則になった、ICDの電気ショックを受けた場合は、早めに主治医に連絡し受診してください(連続して作動した場合は救急受診)。
  • 息切れの悪化、横になると息苦しい、足のむくみや数日で2kg以上の体重増加がある場合は、心不全の悪化の可能性があるため早めに受診してください。
  • 家族に肥大型心筋症の人や若くして突然死した人がいる場合は、症状がなくても心電図・心エコー検査を受けることを検討してください。

肥大型心筋症についてのよくある質問

Q. 肥大型心筋症と診断されたら、運動はできないのですか?

A. 一律に禁止されるわけではなく、ウォーキングや軽いジョギングなど中等度の有酸素運動は多くの人で安全で、体力維持に役立つとされています。ただし、流出路閉塞の程度、不整脈や失神の有無、突然死リスクによって適切な強度は異なります。競技スポーツを含め、運動の範囲は主治医と検査結果をもとに相談して決めてください。

Q. 子どもに遺伝しますか?家族は検査を受けるべきですか?

A. 多くは常染色体顕性遺伝で、子どもに原因遺伝子が伝わる確率は1/2ですが、変異を受け継いでも発症の時期や程度には大きな個人差があります。親・兄弟姉妹・子どもなど第一度近親者は、症状がなくても心電図と心エコーによる定期的な検診が勧められます。遺伝学的検査を受けるかどうかは、遺伝カウンセリングで利点と限界を理解したうえで決めるとよいでしょう。

Q. 肥大型心筋症でも妊娠・出産はできますか?

A. 多くの女性患者は、適切な評価と管理のもとで妊娠・出産が可能とされています。ただし、重い流出路閉塞、心機能低下、重症不整脈がある場合はリスクが高くなるため、妊娠前から循環器科と産科で相談し、内服薬の調整や分娩方法を計画することが大切です。

Q. 厚くなった心臓の筋肉は薬で元に戻りますか?

A. 現在の治療で肥大そのものを完全に元に戻すことは一般に困難ですが、薬物療法により症状や流出路圧較差を改善することは可能です。近年は病態に直接作用する心筋ミオシン阻害薬も登場し、閉塞が強い例では中隔縮小治療で閉塞を解除する方法もあります。どの治療が適しているかは病型や重症度により異なるため、専門医と相談してください。

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この記事について

最終更新: 2026-10-18。発行: 株式会社Medi Face。本ページは、MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター、各学会の診断基準・診療ガイドラインなどの公的・専門的情報を参照して作成した一般的な医学情報であり、診断・治療の代替ではありません。個別の診療は主治医・専門医にご相談ください。参考: MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター。記載内容に誤りや古い情報を見つけた場合はお問い合わせからお知らせください。