特発性血栓症

Idiopathic Thrombosis

特発性血栓症(Idiopathic Thrombosis)|特発性血栓症(遺伝性血栓性素因によるもの)は、血液を固まりにくくする仕組み(抗凝固因子)が生まれつき弱いために、若いうちから、あるいははっきりした誘因がないまま、深部静脈血栓症・肺塞栓症などの血栓症を発症したり繰り返したりする病気です。日本ではプロテインC欠乏症・プロテインS欠乏症・アンチトロンビン欠乏症が主な原因で、指定難病(告示番号327)として医療費助成の対象になっています。命に関わる肺塞栓症、脳・腹部の特殊な部位の血栓、新生児の電撃性紫斑病、妊娠に関連した血栓など、年齢や生活の場面ごとに異なる影響が生じるため、長期的な管理が必要です。

特発性血栓症の要点

特発性血栓症(遺伝性血栓性素因によるもの)は、アンチトロンビン・プロテインC・プロテインSなど血液を固まりにくくする因子が生まれつき低下し、若年や誘因なく深部静脈血栓症や肺塞栓症を起こしやすくなる病気です。指定難病(告示番号327)で医療費助成の対象です。

別名・略称遺伝性血栓性素因、先天性血栓性素因、遺伝性血栓性素因症、先天性血栓症、遺伝性血栓症、hereditary thrombophilia、inherited thrombophilia
分野血液疾患
原因アンチトロンビン・プロテインC・プロテインSの先天的な量または機能の低下
遺伝形式多くは常染色体顕性(優性)遺伝
主な症状深部静脈血栓症、肺塞栓症、特殊部位の血栓、新生児電撃性紫斑病など
主な検査AT・PC・PSの活性および抗原量の測定、必要に応じて遺伝子検査
主な治療抗凝固療法(ヘパリン、ワルファリンなど)
受診する主な診療科血液内科、循環器内科など

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特発性血栓症とは

血栓症は、本来は出血を止めるための凝固反応が血管の中で過剰に起こり、血管をふさいでしまう状態です。健康な人の体内では、凝固を進める仕組みと、それにブレーキをかける抗凝固の仕組みが釣り合っています。代表的なブレーキ役がアンチトロンビン(AT)、プロテインC(PC)、プロテインS(PS)です。これらの量や働きが遺伝的に低下した状態を「遺伝性血栓性素因(先天性血栓性素因、遺伝性血栓性素因症)」と呼びます。指定難病の「特発性血栓症(遺伝性血栓性素因によるものに限る。)」は、このような遺伝性の素因を背景に血栓症を起こした状態を対象とした疾患概念です。既存の説明で用いられる「明らかな誘因のない血栓症の総称」という意味の『特発性(unprovoked)VTE』とは範囲が異なる点に注意が必要です。誘因のない血栓症のすべてが遺伝性素因によるものではありません。逆に、遺伝性素因をもつ人でも、手術・妊娠・経口避妊薬などの誘因が重なったときに初めて発症することがよくあります。

病型は欠乏している因子によって、アンチトロンビン欠乏症、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症に分けられます。それぞれさらに、因子の量(抗原量)と活性がともに低いI型(量的欠乏)と、量は保たれていても機能が低いII型(質的異常)に分類されます。PS欠乏症では総PS・遊離PS・活性の組み合わせによりI型・II型・III型に分ける分類も用いられます。歴史的には、1965年にEgebergがアンチトロンビン欠乏家系を報告したのが遺伝性血栓性素因の最初の記載とされ、1980年代にPC欠乏症・PS欠乏症が相次いで見いだされました。欧米では1990年代に活性化プロテインC抵抗性(第V因子ライデン変異)とプロトロンビンG20210A変異が見つかり、白人で最も多い素因とされています。一方、これら2つの変異は日本人ではほとんど認められないことが知られています。日本ではPS欠乏症、特にPS徳島変異(K196E)と呼ばれるII型変異の頻度が高いことが大きな特徴です。こうした日本の実情をふまえ、2017年度から指定難病に加えられました。

特発性血栓症の疫学・患者数

静脈血栓塞栓症(VTE)は欧米では年間1,000人に1〜2人程度が発症するとされ、日本では従来より少ないものの、生活の欧米化や高齢化、診断技術の進歩によって報告数は増えています。日本人の一般集団における遺伝性素因の保有頻度は、PS欠乏症がおよそ1〜2%前後と欧米より高く、PC欠乏症とAT欠乏症はそれぞれ数百人に1人程度と報告されています。PS徳島変異のヘテロ接合体は数十人に1人程度とする報告があり、この変異をもつとVTEのリスクが数倍になると推定されています。日本人のVTE患者を調べた研究では、これら3因子のいずれかの欠乏が一定の割合(報告により十数%〜数十%)で見つかっています。ただし、素因をもつ人の多くは生涯血栓症を起こさないか、誘因が加わったときにだけ発症します。初めて発症する年齢は10〜40歳代の若年〜中年が多く、AT欠乏症は3因子の中で血栓リスクが最も高く、発症も早い傾向があるとされます。遺伝形式は常染色体顕性(優性)のため性差は原則としてありません。ただし女性は妊娠・出産・エストロゲン製剤の使用で発症の機会が増えるため、若年女性で見つかることが多くなります。両親から変異を受け継いだホモ接合体または複合ヘテロ接合体のPC欠乏症・PS欠乏症は極めてまれです。この場合は新生児期に電撃性紫斑病を起こします。指定難病として医療費助成を受けている患者の数は、全体の保有者と比べるとごく一部にとどまると考えられます。

特発性血栓症の原因・病態生理

原因遺伝子は、AT欠乏症がSERPINC1、PC欠乏症がPROC、PS欠乏症がPROS1です。いずれも常染色体顕性遺伝で、片方の遺伝子に病的変異があるヘテロ接合体では因子の活性がおおむね正常の半分程度に下がり、血栓ができやすくなります。親から子へ伝わる確率は1/2です。ただし、変異をもつ家族全員が発症するわけではありません(浸透率は不完全)。アンチトロンビンはトロンビン(IIa)や活性化第X因子(Xa)などのセリンプロテアーゼを直接阻害します。その働きはヘパリン様物質と結合することで飛躍的に強まります。プロテインCは、トロンビンが血管内皮のトロンボモジュリンと結合すると活性化されて活性化プロテインC(APC)になります。APCはプロテインSを補助因子として、活性化第V因子(Va)と活性化第VIII因子(VIIIa)を分解し、凝固の増幅を抑えます。PSは血中で約60%がC4b結合蛋白と結合しており、補助因子として働くのは残りの遊離PSです。PS欠乏症のII型にあたる徳島変異では、量は比較的保たれていても、APCの補助因子としての活性が低下します。

これらのブレーキが弱いと、わずかな凝固刺激でもトロンビンが過剰に作られ、フィブリン血栓が成長しやすくなります。Virchowの三徴(血液凝固能の亢進・血流のうっ滞・血管内皮障害)のうち、遺伝性素因は「凝固能の亢進」を生まれつき底上げした状態にあたります。ここに手術、外傷、長時間の座位や臥床、脱水、妊娠・産褥、エストロゲン製剤、悪性腫瘍、感染症などの後天的な誘因が加わると、発症の閾値を超えます。血栓は流れの遅い下肢深部静脈、特に下腿のヒラメ静脈などで生じやすく、ちぎれて肺動脈に詰まると肺塞栓症になります。門脈・腸間膜静脈・脳静脈洞など通常は血栓ができにくい部位に生じることがあるのも特徴です。動脈血栓との関連は静脈血栓に比べて明確ではありませんが、若年の脳梗塞などで素因が見つかる例も報告されています。ホモ接合体などで因子がほぼ完全に欠損すると、出生直後から全身の微小血管に血栓が生じて皮膚が壊死します(電撃性紫斑病)。PC欠乏症の人がワルファリンを高用量で始めると、半減期の短いPCが凝固因子より先に低下して一時的に過凝固状態となり、皮膚壊死を起こすことがあります。

特発性血栓症の症状

  • 下肢の腫脹・疼痛(深部静脈血栓症): 多くは片側の脚が太くむくみ、ふくらはぎや太ももが痛んだり張ったりします。皮膚の赤紫色の変化や熱感を伴うこともありますが、症状がはっきりしない場合もあります。
  • 突然の息切れ・胸痛(肺塞栓症): 動いたときの急な呼吸困難、深呼吸で強まる胸痛、動悸、血痰がみられます。重症では血圧が下がり、失神や心停止に至ることがあります。
  • 失神・ショック: 大きな肺塞栓で右心不全が急に起こると、意識を失ったりショックになったりします。最も緊急性の高い症状です。
  • 強い頭痛・けいれん(脳静脈洞血栓症): 日ごとに強まる頭痛、嘔吐、視力障害、けいれん、意識障害、手足の麻痺がみられます。若年者や妊娠・産褥期の女性で特に注意が必要です。
  • 腹痛・下血(門脈・腸間膜静脈血栓症): はっきりしない腹痛が続き、腸に血が通わなくなると激しい腹痛や下血、腸管壊死を起こします。門脈血栓が慢性化すると門脈圧亢進症の原因になります。
  • 上肢・その他の部位の静脈血栓: 腕のむくみや痛みとして現れることがあります。腎静脈・肝静脈・網膜静脈などのまれな部位に生じることもあります。
  • 新生児電撃性紫斑病: 重症型(ホモ接合体など)のPC欠乏症やPS欠乏症では、生後まもなく皮膚に急速に広がる紫斑と壊死が生じます。播種性血管内凝固(DIC)や脳・眼の血栓を伴います。
  • 妊娠・産褥期の血栓症: 妊娠中や産後は凝固能が高まるため、血栓症が初めて現れるきっかけになりやすい時期です。不育症や胎盤機能不全との関連も検討されていますが、因果関係については議論があります。
  • ワルファリン誘発性皮膚壊死: PC欠乏症などでワルファリンを開始した直後に、皮膚に痛みを伴う紫斑と壊死が生じることがあります。ヘパリンを重ねて使うなどの方法で予防します。
  • 血栓後症候群: DVTの後、静脈弁の傷みによって慢性的な脚のむくみ、だるさ、色素沈着、湿疹が生じ、重症では皮膚潰瘍となります。
  • 慢性的な息切れ(慢性血栓塞栓性肺高血圧症): 肺塞栓の血栓が溶けずに残って器質化すると、肺高血圧のため動いたときの息切れやむくみが徐々に進むことがあります。

特発性血栓症の経過と合併症

自然歴は病型と重症度、誘因の有無によって大きく異なります。ヘテロ接合体の多くは、思春期以降に手術・妊娠・ホルモン剤・長時間移動などをきっかけに初めて血栓症を起こします。生涯を通じて無症状のまま経過する人も少なくありません。いったん血栓症を起こすと、特に誘因のない発症や素因の強い例(AT欠乏症、複数の素因の合併など)では、抗凝固療法をやめた後の再発率が高い傾向があります。このため、再発予防のための抗凝固療法をどれくらい続けるかが臨床上の中心的な課題になります。一方、明らかな一過性の誘因による初発であれば、素因があっても期間を限った治療で済む場合もあります。重症型の新生児例では、出生直後から補充療法と抗凝固療法を生涯続ける必要があります。

重大な合併症は、致死的になりうる急性肺塞栓症です。そのほか、肺塞栓後の慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)、DVT後の血栓後症候群、脳静脈洞血栓症による後遺症(てんかん・麻痺・視力障害)、門脈血栓症による門脈圧亢進症と食道静脈瘤、腸間膜静脈血栓症による腸切除と短腸症候群などがあります。肝静脈が閉塞するとバッド・キアリ症候群をきたすことがあります。新生児電撃性紫斑病では、四肢の切断、視力障害、脳障害が残ることがあります。治療に伴う合併症としては、抗凝固薬による出血(消化管出血・頭蓋内出血など)が最も重要で、再発予防の利益とのバランスを常に評価する必要があります。妊娠中は、母体の血栓症に加えて、胎盤の循環障害との関連が議論されています。

特発性血栓症の診断・診断基準

診断は二段階で進みます。まず画像検査とDダイマーで血栓症そのものを確定し、次に背景にある血栓性素因を調べます。素因の検索を特に考えるのは、50歳未満での発症、誘因のない発症や再発、門脈・腸間膜静脈・脳静脈洞など特殊な部位の血栓、近親者の血栓症の家族歴、新生児の電撃性紫斑病、ワルファリン誘発性皮膚壊死、ヘパリンの効きが悪い(ヘパリン抵抗性)場合などです。AT・PC・PSの活性は、急性血栓症そのもの、ヘパリン投与(ATが低下)、ワルファリン投与(PC・PSが低下)、妊娠やエストロゲン製剤(PSが低下)、肝障害、DIC、ネフローゼ症候群、ビタミンK欠乏など多くの要因で後天的に下がります。そのため、測定の時期と解釈には専門的な判断が必要で、急性期の1回の低値だけで遺伝性と決めつけないことが重要です。原則として、急性期を過ぎ、可能なら影響する薬剤の影響がない時期に再検査します。後天性の原因を除外し、家族の測定結果や遺伝子解析と合わせて総合的に判断します。指定難病の申請では、学会等が作成した診断基準に沿って、血栓症の存在、因子活性の低下、後天性要因の除外、遺伝子変異または家族歴の確認などを満たす必要があり、重症度分類も考慮されます。詳細は主治医に確認してください。

  • Dダイマー: フィブリンの分解産物で、陰性的中率が高く、臨床的な可能性が低い場合のVTE除外に役立ちます。妊娠、高齢、炎症などでも上昇するため、陽性だけでは診断できません。
  • 下肢静脈超音波検査: 静脈を圧迫しても潰れないこと(非圧縮性)や血栓エコーを確認する、DVT診断の標準検査です。血栓の範囲や新しい血栓か古い血栓かの評価、治療経過の追跡にも用います。
  • 造影CT(肺動脈・下肢静脈): 肺動脈内の造影欠損でPEを確定し、同時に骨盤・下肢静脈の血栓も評価できます。腎機能障害や造影剤アレルギーがある場合は肺血流シンチグラフィなどで代替します。
  • 心エコー・心電図・心筋バイオマーカー: 右心室の拡大や機能低下、トロポニン・BNPの上昇から肺塞栓症の重症度(リスク層別化)を評価し、血栓溶解療法などを検討する材料にします。
  • 頭部MRI/MRV・腹部造影CT: 脳静脈洞血栓症や門脈・腸間膜静脈血栓症など、特殊な部位の血栓の診断に用います。
  • アンチトロンビン活性・抗原量: 活性が低下していればAT欠乏症を疑い、抗原量との比較でI型かII型かを分類します。ヘパリン投与中、急性血栓症、肝疾患、ネフローゼ症候群でも低下するため注意が必要です。
  • プロテインC活性・抗原量: 活性低下でPC欠乏症を疑います。ワルファリン服用中やビタミンK欠乏、肝障害では低下するため、ワルファリン中の評価は困難で、他のビタミンK依存因子との比較などの工夫が必要です。
  • プロテインS活性・総PS/遊離PS抗原: PS欠乏症の評価に用います。妊娠、エストロゲン製剤、ワルファリン、炎症で低下します。日本人に多い徳島変異では抗原量が保たれ活性だけが低いことがあります。
  • 遺伝子解析・家族調査、抗リン脂質抗体等の除外検査: SERPINC1・PROC・PROS1の病的変異の同定や家族の測定結果は、遺伝性であることの裏付けになります。あわせてループスアンチコアグラント・抗カルジオリピン抗体・抗β2GPI抗体、血清ホモシステイン、血算(骨髄増殖性腫瘍)、悪性腫瘍の検索などで後天性の血栓性疾患を除外します。

特発性血栓症と鑑別すべき疾患

  • 抗リン脂質抗体症候群: 後天性の自己抗体による血栓症と妊娠合併症が特徴で、12週以上の間隔をあけた2回以上の抗体陽性で区別します。治療上DOACが推奨されない場合があるため、鑑別は特に重要です。
  • 悪性腫瘍関連血栓症(トルソー症候群を含む): 中高年の誘因のない血栓症では潜在的な癌が隠れていることがあり、病歴、診察、年齢に応じた癌の検索で区別します。
  • 発作性夜間ヘモグロビン尿症: 溶血、血球減少、腹部や脳など特殊な部位の静脈血栓を伴い、フローサイトメトリーでGPIアンカー型蛋白の欠損した血球を検出して診断します。
  • 骨髄増殖性腫瘍(真性多血症・本態性血小板血症): 門脈・肝静脈血栓の原因となり、血球増加やJAK2変異などで区別します。
  • ネフローゼ症候群・肝疾患・DIC等による後天性欠乏: 尿中への喪失、合成低下、消費によってAT・PC・PSが二次的に低下するため、原因疾患の存在と治療後の値の回復で遺伝性と区別します。
  • 高ホモシステイン血症(ホモシスチン尿症など): 血漿ホモシステイン高値で区別します。先天代謝異常症では水晶体偏位や骨格異常を伴うことがあります。

特発性血栓症の治療

急性期の血栓症の治療は、素因の有無にかかわらず一般のVTE診療ガイドラインに準じます。重症度に応じて抗凝固療法を速やかに始め、血行動態が不安定な肺塞栓症では血栓溶解療法やカテーテル治療、外科的治療を検討します。遺伝性素因をもつ患者に特有のポイントは次のとおりです。①AT欠乏症ではヘパリンが効きにくいことがあり、AT製剤の補充を考慮すること。②PC欠乏症ではワルファリン導入時の皮膚壊死を防ぐため、ヘパリンを十分に重ねてから徐々に移行すること。③重症型や電撃性紫斑病では因子の補充が治療の中心になること。④再発予防のための抗凝固療法の期間を、誘因の有無、素因の種類と強さ、再発歴、出血リスク、患者の希望を総合して個別に決めること。⑤妊娠・手術などリスクの高い場面で予防策を計画的に行うこと。抗凝固療法の継続期間に一律の正解はないため、血栓症や血液疾患の専門医と相談しながら定期的に見直すことが大切です。

  • 急性期の抗凝固療法(ヘパリン類・フォンダパリヌクス): 未分画ヘパリンの持続点滴やフォンダパリヌクスの皮下注射で速やかに抗凝固効果を得ます。AT欠乏症ではヘパリンの効果が不十分になりやすいため、APTTなどによるモニタリングが重要です。
  • 直接経口抗凝固薬(DOAC): 日本ではリバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンがVTEの治療と再発予防に承認されています。食事制限や頻回の採血が不要という利点があります。遺伝性素因をもつ人に対する有効性のデータは限られており、腎機能・妊娠の希望・合併症に応じて選択します。ダビガトランは国内ではVTEの適応がありません。
  • ワルファリン: PT-INRを目標範囲に調節する経口薬で、長期にわたる使用経験があります。PC欠乏症では開始時に皮膚壊死を防ぐため、ヘパリンを重ねて少量から始めます。ビタミンKを多く含む食品(納豆など)や併用薬の影響を受けます。
  • アンチトロンビン製剤: 先天性AT欠乏症に基づく血栓形成傾向に対して保険適用があり、急性血栓症の治療、周術期、分娩時などに補充してヘパリンの効果を確保します。
  • 活性化プロテインC製剤: 先天性PC欠乏症による深部静脈血栓症・肺塞栓症・電撃性紫斑病に対して、国内で使用できる製剤があります。新生児の重症型では救命のための第一選択となり、その後は長期の抗凝固療法や補充療法で管理します。
  • 血栓溶解療法・カテーテル治療・外科的血栓摘除: ショックを伴う広範な肺塞栓症では、出血リスクを考慮しながら組織プラスミノーゲンアクチベーターなどによる血栓溶解療法、カテーテルによる血栓破砕・吸引、外科的血栓摘除、補助循環(ECMO)を検討します。
  • 下大静脈フィルター: 抗凝固療法ができない場合や、十分な抗凝固療法中に再発した場合に限定して検討します。長期留置に伴う合併症があるため、必要がなくなれば回収を考えます。
  • 高リスク場面での予防(周術期・妊娠・長期臥床): 手術、長期臥床、妊娠・産褥期には、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、ヘパリンなどによる予防を計画的に行います。妊娠中はワルファリン(催奇形性)やDOACを避け、未分画ヘパリンの皮下注射(在宅自己注射を含む)を用いることが一般的で、産科・血液内科が連携して管理します。
  • 弾性ストッキング・血栓後症候群のケア: DVT後の症状緩和やむくみの管理に、圧迫療法、脚を高くすること、スキンケアを行います。肺塞栓後のCTEPHには肺動脈内膜摘除術、バルーン肺動脈形成術、薬物療法などの専門的治療があります。

特発性血栓症の予後・長期フォロー

適切に診断され、抗凝固療法と再発予防が行われれば、多くの患者は通常に近い生活を送り、生命予後も良好と考えられます。予後を最も大きく左右するのは急性肺塞栓症で、ショックを伴う重症例では死亡率が高く、早期の診断と治療が欠かせません。素因の種類によって再発リスクは異なり、一般にAT欠乏症は血栓リスクが高く、PS徳島変異のヘテロ接合体などは比較的軽いと考えられています。複数の素因の合併や、後天的なリスク(肥満・癌・ホルモン剤など)が重なるとリスクはさらに高まります。長期的なQOLには、血栓後症候群による脚の症状、CTEPHによる運動耐容能の低下、脳静脈洞血栓症の後遺症、長期抗凝固療法に伴う出血の不安や生活上の制約が影響します。新生児の重症型は、早期に補充療法が行われるかどうかで神経・視覚の予後が大きく変わります。

長期フォローアップでは、次の点を定期的に評価します。抗凝固療法を続けるべきかどうか(再発リスクと出血リスクのバランス)、薬の効果と副作用(PT-INR、腎機能・肝機能、貧血)、血栓後症候群やCTEPHの兆候(息切れの悪化があれば心エコーなど)、手術・歯科処置・妊娠などの予定に合わせた周術期管理です。抗凝固療法を中止した後は、DVT・PEの症状を本人と家族が理解し、異変があればすぐ受診できるようにしておきます。小児期に診断された患者は、成人診療科への移行(トランジション)を計画的に進め、思春期以降の避妊法の選択や妊娠に関する相談につなげることが重要です。

特発性血栓症の日常生活の注意点と公的支援(医療費助成)

日常生活では、血栓の誘因をできるだけ避けることが基本です。長時間の座位(飛行機・長距離バス・車中泊・デスクワーク)では、こまめに歩く、足首を動かす、水分を十分にとることを心がけます。脱水、喫煙、肥満は血栓のリスクを高めるため、禁煙と体重管理が勧められます。エストロゲンを含む経口避妊薬(低用量ピル)や一部のホルモン補充療法は血栓リスクを大きく高めるため、原則として避け、避妊や月経困難症の治療法は主治医や婦人科医と相談します。手術、入院、骨折によるギプス固定、歯科での抜歯などの予定があるときは、事前に病名と服薬内容を伝え、予防策や抗凝固薬の休薬・継続について相談します。抗凝固薬を服用中は、自己判断で中止しないこと、市販薬やサプリメントとの飲み合わせに注意すること、転倒や頭部打撲を防ぐこと、黒色便・血尿・歯ぐきの出血が続く場合は受診することが大切です。病名と服薬内容を記したカードやお薬手帳を携帯し、救急時に伝えられるようにしておきましょう。妊娠を希望する女性は、妊娠前から産科と血液内科が連携した計画を立てることで、より安全な妊娠・出産が期待できます。常染色体顕性遺伝のため、血縁者(きょうだい・子ども・親)も同じ素因をもつ可能性があります。無症状の家族を検査するかどうか、結果をどう生かすか(例えば若年女性の避妊法の選択や手術時の予防)については、遺伝カウンセリングで十分に情報を得たうえで本人の意思に基づいて決めることが重要です。発症していない保因者に一律に予防的な抗凝固療法を行うことは一般的ではありません。

利用できる制度・相談窓口

「特発性血栓症(遺伝性血栓性素因によるものに限る。)」は指定難病であり、診断基準と重症度基準を満たす場合、または重症度基準を満たさなくても医療費が一定額以上かかる場合(軽症高額該当)に、医療費助成(特定医療費)の対象となります。申請には難病指定医が作成した臨床調査個人票が必要で、窓口はお住まいの都道府県・指定都市の保健所などです。認定されると自己負担割合が原則2割になり、所得に応じた月額上限が設けられます。18歳未満(継続の場合は20歳未満まで)では、小児慢性特定疾病医療費助成制度で先天性のPC欠乏症・PS欠乏症・AT欠乏症などが対象となる場合があります。あわせて高額療養費制度や限度額適用認定証も利用できます。CTEPH、脳静脈洞血栓症後の麻痺など重い後遺症がある場合は、程度に応じて身体障害者手帳や障害年金の対象となる可能性があります。介護保険はこの病気自体が40〜64歳の特定疾病に該当するわけではありませんが、脳血管疾患の後遺症などで要件を満たせば利用できることがあります。療養や就労の相談は、各都道府県の難病相談支援センター、難病診療連携拠点病院、医療機関の医療ソーシャルワーカー、ハローワークの難病患者就職サポーターなどが窓口になります。制度の詳細や要件は変更されることがあるため、最新の情報を自治体や医療機関で確認してください。

特発性血栓症に伴う心のケア・心理社会的支援

血栓症は突然発症し、ときに命に関わる体験となるため、回復した後も再発や突然死への不安、胸の痛みや脚のむくみへの過敏さ、外出や移動を避けたくなる気持ち、不眠などが続くことがあります。重症の肺塞栓症やICUでの治療を経験した人では、心的外傷後ストレス症状が生じることも知られています。この病気に特有の心理社会的な課題もあります。生涯にわたる服薬の可能性と出血への恐れ、ピルが使えないことや妊娠・出産への不安、遺伝する病気であることによる子どもへの罪悪感や家族関係の変化、まだ発症していない家族に検査を勧めるかどうかの葛藤、就職・結婚・保険加入に関する悩みなどです。こうした不安や落ち込み、抑うつ、適応障害は珍しいことではなく、我慢せずに主治医や看護師に伝えることが大切です。必要に応じて、心療内科・精神科、臨床心理士(公認心理師)、遺伝カウンセラー、医療ソーシャルワーカーの支援を受けられます。患者会や同じ病気の人との交流が孤立感を和らげることもあります。病気について正確に知り、自分でできる予防策を身につけることは、不安を『管理できるリスク』へと変える助けになります。

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特発性血栓症の受診の目安

  • 突然の息切れ、胸の痛み、動悸、失神、血痰が出た場合は、肺塞栓症の可能性があるため、ためらわず救急車を呼んでください。
  • 片側の脚(または腕)が急に腫れて痛む、色が赤紫色に変わった場合は、当日中に医療機関を受診してください。
  • 今までにない強い頭痛が続く、けいれん、視力障害、手足の麻痺、ろれつが回らない場合は、すぐに救急受診してください。
  • 強い腹痛が続く、下血や吐血がある、抗凝固薬の服用中に黒色便や止まりにくい出血がある、頭を強く打った場合は、速やかに受診してください。
  • 新生児の皮膚に急速に広がる紫斑や黒っぽい変色が現れた場合は、直ちに医療機関に連絡してください。
  • 妊娠がわかったとき、手術や長期入院の予定ができたとき、ホルモン剤の使用を勧められたときは、事前に主治医に相談してください。

特発性血栓症についてのよくある質問

Q. 血栓性素因があると言われました。必ず血栓症になりますか?

A. 素因をもっていても、生涯血栓症を起こさない人は多くいます。発症の多くは手術、妊娠、ホルモン剤、長時間の移動などの誘因が重なったときに起こるため、誘因を避け、リスクの高い場面で予防策をとることが大切です。素因の種類や家族歴によってリスクは異なるので、主治医とともに個別に評価しましょう。

Q. 抗凝固薬は一生飲み続けなければなりませんか?

A. 一律には決まっていません。初めての血栓症が明らかな誘因によるものか、素因の種類、再発の有無、出血のリスク、生活状況などを総合して期間を決めます。長期の継続が勧められる場合もあれば、期間を限った治療で済む場合もあります。自己判断で中止すると再発の危険があるため、必ず主治医と相談してください。

Q. 妊娠・出産はできますか?

A. 多くの場合、妊娠・出産は可能です。妊娠中や産後は血栓ができやすくなるため、妊娠前から産科と血液内科が連携し、必要に応じてヘパリンの皮下注射などによる予防を計画します。ワルファリンには胎児への影響があり、DOACも妊娠中は通常使用しないため、妊娠を考えた時点で早めに相談することが重要です。

Q. 家族も検査を受けるべきですか?

A. 常染色体顕性遺伝のため、親・きょうだい・子どもは1/2の確率で同じ素因をもつ可能性があります。検査を受けることで、避妊法の選択や手術時の予防に役立てられる一方、心理的な負担が生じることもあります。遺伝カウンセリングで利点と不利益を理解したうえで、本人の意思で決めることが勧められます。

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最終更新: 2026-10-18。発行: 株式会社Medi Face。本ページは、MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター、各学会の診断基準・診療ガイドラインなどの公的・専門的情報を参照して作成した一般的な医学情報であり、診断・治療の代替ではありません。個別の診療は主治医・専門医にご相談ください。参考: MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター。記載内容に誤りや古い情報を見つけた場合はお問い合わせからお知らせください。