下垂体性TSH分泌亢進症
Pituitary TSH Hypersecretion Syndrome
下垂体性TSH分泌亢進症(Pituitary TSH Hypersecretion Syndrome)|下垂体性TSH分泌亢進症は、脳下垂体にできた腫瘍(TSH産生下垂体腫瘍)が甲状腺刺激ホルモン(TSH)を過剰に分泌し、その結果として甲状腺ホルモンが増え、動悸・体重減少・発汗などの甲状腺中毒症状を起こすまれな病気です。中高年を中心に男女ともに発症し、バセドウ病と誤診されやすいことが知られています。腫瘍が大きい場合は視野障害や頭痛を伴い、他の下垂体ホルモンの異常を合併することもあるため、内分泌内科と脳神経外科の連携による診療が重要です。
下垂体性TSH分泌亢進症の要点
下垂体性TSH分泌亢進症は、下垂体のTSH産生腫瘍が甲状腺刺激ホルモン(TSH)を自律的に過剰分泌し、甲状腺ホルモンが高値となるまれな病気です。動悸・体重減少・発汗などの甲状腺中毒症状がみられ、大きな腫瘍では頭痛や視野障害を伴い、指定難病の対象です。
| 別名・略称 | TSH産生下垂体腺腫、TSH産生下垂体腫瘍、TSH産生腫瘍、TSHoma、TSH-secreting pituitary adenoma、thyrotropinoma、中枢性甲状腺機能亢進症 |
|---|---|
| 分野 | 内分泌疾患 |
| 好発年齢 | 中高年を中心に、男女ともに発症 |
| 主な症状 | 動悸、体重減少、発汗などの甲状腺中毒症状。腫瘍が大きい場合は頭痛・視野障害 |
| 主な検査 | FT4・FT3高値でTSHが抑制されない(正常〜高値)こと、下垂体MRI、他の下垂体ホルモンの評価 |
| 主な治療 | 下垂体腫瘍の手術(経蝶形骨洞手術)が基本。必要に応じて薬物療法や放射線治療 |
| 受診する主な診療科 | 内分泌内科、脳神経外科 |
| 注意点 | バセドウ病と誤診されやすい |
下垂体性TSH分泌亢進症とは
下垂体性TSH分泌亢進症は、下垂体前葉のTSH産生細胞に由来する腫瘍(TSH産生下垂体腺腫、TSHoma)が自律的にTSHを分泌することで、甲状腺が持続的に刺激されて甲状腺ホルモン(FT4、FT3)が過剰になる病態です。通常、血中の甲状腺ホルモンが高くなると、負のフィードバックによってTSHはほぼ測定できない値まで低下します。本症ではこのフィードバックが効かず、甲状腺ホルモンが高いにもかかわらずTSHが抑制されていない(正常〜高値)という特徴的な検査パターンを示します。この状態は「TSH不適切分泌症候群(SITSH)」と呼ばれ、本症の診断の出発点となります。本症は血液疾患でも自己免疫の病気でもなく、下垂体腫瘍によるホルモン過剰症です。
本症は下垂体腺腫の中でも最もまれな病型の一つとされ、かつては剖検や手術で初めて診断される例が多く、診断時には大きな腫瘍(マクロアデノーマ、径10mm以上)であることがほとんどでした。1980年代以降、高感度TSH測定法が普及したことで、甲状腺ホルモン高値とTSH非抑制の組み合わせが容易に検出できるようになり、より早期の小さな腫瘍(ミクロアデノーマ)で発見される例が増えています。病理学的には、TSH単独産生型に加え、成長ホルモン(GH)やプロラクチン(PRL)を同時に産生する混合型があり、これらは転写因子PIT-1系譜の腫瘍として共通の起源をもちます。近年のWHO分類では下垂体腺腫を「下垂体神経内分泌腫瘍(PitNET)」と呼ぶ方向にあり、本症もその一型として位置づけられています。わが国では、日本内分泌学会などがまとめた間脳下垂体機能障害の診断と治療の手引きに沿って診断・治療が行われ、指定難病の対象疾患となっています。
下垂体性TSH分泌亢進症の疫学・患者数
TSH産生下垂体腫瘍は全下垂体腺腫の1〜2%前後(報告により1%未満〜数%)を占めるにすぎない、きわめてまれな腫瘍とされています。海外の住民ベースの研究では有病率は人口100万人あたり数人程度と報告されており、近年は検査法の進歩により発見数が増加傾向にあります。わが国の正確な患者数は明らかではありませんが、全国でも限られた数と考えられ、専門施設に症例が集約される傾向があります。発症年齢は小児から高齢者まで幅広いものの、診断時の年齢は40〜50歳代が中心とされます。性差は明らかではなく、男女ほぼ同程度に発症すると考えられています。症状が軽い場合や、バセドウ病として長期間治療されていた例もあり、実際の患者数は把握されている数より多い可能性が指摘されています。
下垂体性TSH分泌亢進症の原因・病態生理
本症の大部分は遺伝しない孤発性(散発性)の腫瘍であり、生活習慣や感染、自己免疫が原因となるものではありません。下垂体の一つの細胞に後天的な遺伝子変化が生じ、それが増殖して腫瘍(単クローン性腫瘍)になると考えられています。腫瘍内で甲状腺ホルモン受容体β(THRB)遺伝子の体細胞変異や異常なスプライシングが見られ、甲状腺ホルモンによるTSH抑制が効きにくくなる機序が報告されていますが、すべての症例で共通する原因遺伝子は確立していません。ごく一部には、多発性内分泌腫瘍症1型(MEN1)や家族性下垂体腺腫(AIP遺伝子関連など)の一症状として発症する例が報告されており、若年発症や家族歴がある場合にはこうした遺伝性症候群を念頭に置くことがあります。
正常な状態では、視床下部から分泌されるTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)が下垂体のTSH分泌を促し、TSHが甲状腺を刺激してT4・T3を分泌させます。増えた甲状腺ホルモンは視床下部と下垂体に作用してTRH・TSHの分泌を抑え、全体のバランスが保たれます。TSH産生腫瘍ではこの甲状腺ホルモンによる負のフィードバックに抵抗性があり、TSHが自律的に分泌され続けるため、甲状腺は常に刺激されてびまん性に腫大し、ホルモン産生が増えます。腫瘍のTSHは糖鎖構造が変化して生物活性が高いことがあり、TSH値自体は正常範囲内でも甲状腺中毒症を起こし得ます。また腫瘍細胞はTSHの構成成分であるαサブユニット(糖蛋白ホルモンα鎖)を過剰に分泌することが多く、これが診断の手がかりになります。腫瘍が大きくなると、上方の視交叉を圧迫して視野障害を、周囲の正常下垂体を圧迫して他のホルモン分泌低下を、海綿静脈洞へ浸潤して脳神経症状を起こすことがあります。GHを同時に分泌する場合は先端巨大症の特徴が、PRLを分泌する場合や下垂体茎の圧迫がある場合は高プロラクチン血症の症状が加わります。
下垂体性TSH分泌亢進症の症状
- 動悸・頻脈: 甲状腺ホルモン過剰により心拍数が増え、安静時にも脈が速くなります。程度はバセドウ病より軽いことが多いとされます。
- 体重減少・食欲亢進: 代謝が亢進するため、よく食べているのに体重が減ることがあります。
- 発汗過多・暑がり: 熱の産生が増え、汗をかきやすく暑さに弱くなります。
- 手指のふるえ(振戦): 指先の細かいふるえが見られ、字を書く・箸を使うなどの動作に影響することがあります。
- 甲状腺腫: TSHによる持続的な刺激で甲状腺がびまん性に腫れ、首の前が太く見えることがあります。結節を伴う場合もあります。
- 不整脈(心房細動): 長期の甲状腺中毒により心房細動を起こすことがあり、動悸や息切れ、血栓のリスクにつながります。
- 全身倦怠感・筋力低下: 疲れやすさや、階段の上り下りがつらいといった近位筋の筋力低下を感じることがあります。
- 頭痛: 腫瘍が大きい場合、周囲の組織を圧迫して慢性的な頭痛を生じることがあります。
- 視野障害・視力低下: 腫瘍が視交叉を圧迫すると、両眼の外側(耳側)が見えにくくなる両耳側半盲が典型的です。
- 月経異常・性機能低下: 女性では月経不順や無月経、男性では性欲低下などが、正常下垂体の圧迫や高プロラクチン血症によって起こることがあります。
- 乳汁漏出: PRLを同時に分泌する場合や下垂体茎が圧迫される場合に、妊娠していないのに乳汁が出ることがあります。
- 先端巨大症様の変化: GHを同時産生する混合型では、手足の肥大、顔貌の変化、いびきなどが加わることがあります。
下垂体性TSH分泌亢進症の経過と合併症
本症は進行のゆっくりした良性腫瘍であることが多く、甲状腺中毒症状も軽度〜中等度で経過することが少なくありません。そのため症状に慣れてしまい、数年にわたって診断がつかないことがあります。特にバセドウ病と誤診され、甲状腺摘出術やアイソトープ(放射性ヨウ素)治療を受けた場合、甲状腺ホルモンが低下してフィードバックがさらに弱まり、TSH分泌が増えて腫瘍が大きくなるおそれがあるとされています。一方で、TSH産生腫瘍は他の下垂体腫瘍に比べて線維化が強く、周囲組織への浸潤傾向を示すことがあり、診断時にマクロアデノーマであると手術で完全に摘出することが難しくなります。早期に小さな段階で診断されれば、手術による治癒が期待しやすくなります。
合併症としては、長期の甲状腺中毒による心房細動、心不全、骨粗鬆症が重要です。心房細動は脳梗塞などの血栓塞栓症の原因となり得ます。腫瘍による圧迫で、視野障害が進行すると回復しにくくなることがあり、また副腎皮質機能低下症や性腺機能低下症など下垂体前葉機能低下症を合併することがあります。まれに腫瘍内出血(下垂体卒中)を起こし、突然の激しい頭痛、視力障害、意識障害をきたすことがあります。GH同時産生例では高血圧、糖尿病、睡眠時無呼吸など先端巨大症に伴う合併症にも注意が必要です。治療後には、手術や放射線治療に伴う下垂体機能低下症や尿崩症が生じることもあります。
下垂体性TSH分泌亢進症の診断・診断基準
診断は、甲状腺ホルモン(FT4・FT3)が高いのにTSHが抑制されていないという検査結果(SITSH)に気づくことから始まります。まず、測定系の干渉(異好性抗体、抗T4抗体、ビオチン大量摂取など)による見かけ上の異常ではないことを、時間をおいた再検査や別の測定法で確認します。次に、主要な鑑別疾患である甲状腺ホルモン不応症(RTH)との区別が重要となり、家族歴、αサブユニット、SHBG(性ホルモン結合グロブリン)、TRH試験、T3抑制試験、オクトレオチド試験などの内分泌学的検査と、下垂体MRIによる腫瘍の確認を組み合わせて総合的に判断します。わが国の診断の手引きでは、甲状腺中毒症状や甲状腺腫などの主症候、SITSHを示す検査所見、画像での下垂体腫瘍の存在、さらに切除腫瘍の免疫組織化学でTSH陽性を確認することなどを基に診断します。腫瘍が見つかった場合は、他の下垂体ホルモンの過剰や低下、視野の評価もあわせて行います。
- 甲状腺機能検査(FT4・FT3・TSH): FT4・FT3が高値であるにもかかわらずTSHが正常〜高値(非抑制)を示すSITSHが診断の出発点です。測定系の干渉を除くため、別の測定法での再検査が推奨されます。
- TSH受容体抗体(TRAb)・甲状腺自己抗体: バセドウ病との鑑別のため測定し、本症では通常TRAbは陰性です。ただし慢性甲状腺炎の抗体(TgAb・TPOAb)が偶然陽性のこともあります。
- αサブユニット・α/TSHモル比: TSH産生腫瘍ではαサブユニットが高値となり、α/TSHモル比が1を超えることが多く、甲状腺ホルモン不応症との鑑別に役立ちます。閉経後女性などでは解釈に注意が必要です。
- SHBGなど末梢組織マーカー: 甲状腺ホルモンが肝臓に作用するとSHBGが上昇するため、本症では高値となりやすく、末梢組織の反応が弱い甲状腺ホルモン不応症では正常のことが多いとされます。
- TRH試験: TRHを注射してTSHの反応を見る検査で、本症ではTSHの増加反応が乏しい(低反応)ことが多いのに対し、甲状腺ホルモン不応症では正常〜過大反応を示します。
- T3抑制試験: T3製剤を一定期間内服してTSHが抑制されるかを確認し、本症では抑制されにくいのが特徴です。心疾患のある高齢者では負荷が強いため適応を慎重に判断します。
- オクトレオチド試験: ソマトスタチンアナログ投与でTSHや甲状腺ホルモンが低下するかを見る検査で、多くの腫瘍が反応し、薬物治療効果の予測にも用いられます。
- 下垂体MRI(造影): 下垂体の腫瘍の有無・大きさ・海綿静脈洞浸潤や視交叉圧迫を評価します。微小腺腫では描出が難しく、ダイナミックMRIなどが用いられます。
- 他の下垂体ホルモン評価・視野検査・病理: GH/IGF-1、PRL、副腎皮質・性腺系の評価と視野検査で合併症を確認し、手術後は腫瘍組織の免疫染色でTSH陽性を確認して確定診断とします。
下垂体性TSH分泌亢進症と鑑別すべき疾患
- 甲状腺ホルモン不応症(RTH): THRB遺伝子変異により同様にSITSHを示しますが、家族内発症が多く、下垂体腫瘍がなく、αサブユニット正常・TRH試験で正常〜過大反応を示す点で区別します。
- バセドウ病: 甲状腺中毒症状は似ていますが、TSHは強く抑制され、TRAbが陽性となる点が異なります。
- 測定系の干渉による見かけ上のSITSH: 異好性抗体、抗T4・T3抗体、高用量ビオチン摂取などで偽の異常値が出るため、別の測定法での再検で値が一致しなければ疑います。
- 甲状腺ホルモン剤の服用不規則・薬剤性: レボチロキシンの飲み忘れ後の内服やアミオダロンなどの薬剤で一時的にSITSH様のパターンを示すことがあり、服薬歴の確認が重要です。
- 家族性異常アルブミン血症性高T4血症など結合蛋白異常: 甲状腺ホルモン結合蛋白の異常で総T4や測定法によってはFT4が高く見えますが、甲状腺中毒症状はなく、家族歴と測定法の比較で区別します。
- 他の下垂体腫瘍(非機能性腺腫・GH産生腺腫など): MRI上の腫瘍は似ていますが、甲状腺ホルモンとTSHのパターンや他のホルモン値、病理所見で区別し、混合型の可能性も考慮します。
下垂体性TSH分泌亢進症の治療
治療の目標は、腫瘍を取り除いて(または制御して)TSHと甲状腺ホルモンを正常化し、視野障害などの圧迫症状を改善し、下垂体機能を保つことです。第一選択は経鼻的(経蝶形骨洞)下垂体腫瘍摘出術であり、経験豊富な下垂体外科医による手術が治癒率に影響するとされています。手術前には、不整脈や甲状腺クリーゼを防ぐ目的で、ソマトスタチンアナログ、抗甲状腺薬、β遮断薬などで甲状腺機能をできるだけ正常に近づけることが一般的です。手術で取り切れない場合や再発時には、ソマトスタチンアナログによる薬物療法や放射線治療を組み合わせます。バセドウ病と異なり、甲状腺そのものを破壊・摘出する治療は原則として行わないことが重要なポイントです。具体的な治療の選択は、腫瘍の大きさや浸潤、年齢、合併症、本人の希望を踏まえ、内分泌内科・脳神経外科・放射線科などの専門医と十分に相談して決めます。
- 経鼻的下垂体腫瘍摘出術(経蝶形骨洞手術): 鼻腔から内視鏡や顕微鏡を用いて腫瘍を摘出する手術で、本症の第一選択です。微小腺腫や浸潤のない腫瘍では高い寛解率が期待できますが、浸潤の強い大型腫瘍では全摘が難しいことがあります。
- ソマトスタチンアナログ: 腫瘍細胞のソマトスタチン受容体に作用してTSH分泌を抑える注射薬で、多くの例で甲状腺機能の改善が得られ、腫瘍縮小が見られることもあります。術前治療や術後残存・再発時に用いられ、わが国では一部の製剤がTSH産生下垂体腫瘍の適応を有しています。
- 抗甲状腺薬: 甲状腺ホルモンの合成を抑えて症状を和らげるため、手術前の短期間に使用されることがあります。長期使用はTSH上昇と腫瘍増大を招く可能性が指摘されており、単独での長期治療は推奨されません。
- β遮断薬: 動悸や頻脈、ふるえなどの交感神経症状を和らげる対症療法で、術前管理や心房細動の心拍数調節に用いられます。
- 放射線治療(定位放射線治療・分割照射): 手術で取り切れなかった腫瘍や再発、手術が困難な場合に検討されます。効果発現までに数年を要することがあり、後に下垂体機能低下症を起こすことがあるため長期の経過観察が必要です。
- ドパミン作動薬: PRLを同時産生する例などで試みられることがありますが、TSH抑制効果は一般に限定的とされます。
- ホルモン補充療法: 手術や放射線治療後、あるいは腫瘍による圧迫で下垂体前葉機能低下症や尿崩症が生じた場合、副腎皮質ホルモン・甲状腺ホルモン・性ホルモン・抗利尿ホルモン製剤などを必要に応じて補充します。
- 合併症の治療: 心房細動に対する抗凝固療法や心拍数管理、骨粗鬆症の評価と治療、GH同時産生例の糖代謝・高血圧管理など、全身合併症に対する治療を並行して行います。
下垂体性TSH分泌亢進症の予後・長期フォロー
本症の腫瘍のほとんどは良性で、適切に治療されれば生命予後は概ね良好と考えられています。手術による寛解率は、腫瘍が小さく浸潤のない場合に高く、大型で海綿静脈洞へ浸潤している場合には低くなる傾向があります。手術で寛解が得られなくても、ソマトスタチンアナログや放射線治療により多くの例で甲状腺機能をコントロールでき、日常生活や就労を続けられる人が少なくありません。一方で、診断の遅れにより長期間甲状腺中毒が続いた場合の心房細動・心不全、腫瘍による視野障害の後遺症、治療後の下垂体機能低下症はQOLに影響し得るため、早期診断と合併症対策が予後を左右します。悪性(転移を伴う)の下垂体腫瘍となることはきわめてまれとされます。
治療後も長期にわたる定期的なフォローアップが必要です。手術直後にTSHが一時的に低値となり、その後回復するかどうか、甲状腺ホルモン・αサブユニットの推移を確認して寛解を判定します。寛解後も数年以上経ってから再発する例があるため、FT4・FT3・TSHを定期的に測定し、必要に応じて下垂体MRIを繰り返します。放射線治療を受けた人では、数年〜十数年後に下垂体機能低下症が出現することがあるため、副腎・性腺・成長ホルモン系を含めた評価を継続します。薬物療法を続けている場合は、効果とともに胆石、耐糖能異常、消化器症状などの副作用の確認も行います。心臓・骨・視野についても主治医と相談しながら定期的にチェックしていくことが大切です。
下垂体性TSH分泌亢進症の日常生活の注意点と公的支援(医療費助成)
甲状腺中毒症状がある時期は、心臓への負担を避けるため、激しい運動や過労を控え、十分な睡眠と休養をとりましょう。動悸が強い場合や不整脈がある場合は、運動の可否を主治医に確認してください。体重減少が続く時期にはエネルギーと蛋白質を十分にとり、骨を守るためにカルシウムやビタミンDを意識した食事も役立ちます。喫煙は心血管系に負担をかけるため控えることが勧められます。副腎皮質ホルモンを補充している人は、発熱や嘔吐などの体調不良時に追加内服(シックデイ対応)が必要になることがあるため、あらかじめ主治医と対処法を確認し、緊急時のカードなどを携帯しておくと安心です。視野障害がある場合は、車の運転や外出時の安全について医師と相談してください。本症の大部分は遺伝しない孤発例ですが、若年発症や家族に下垂体・副甲状腺・膵臓などの内分泌腫瘍がある場合には、多発性内分泌腫瘍症などの可能性について遺伝カウンセリングを受けることができます。なお、市販のサプリメント(特に高用量ビオチン)は甲状腺検査の値に影響することがあるため、服用中のものは主治医に伝えてください。妊娠を希望する場合は、治療の時期や薬剤について事前に相談することが重要です。
利用できる制度・相談窓口
下垂体性TSH分泌亢進症は指定難病の対象疾患であり、診断基準を満たし、かつ重症度基準に該当する場合(または軽症でも医療費が一定額を超える「軽症高額該当」の場合)には、医療費助成を受けられます。申請には難病指定医による臨床調査個人票が必要で、お住まいの都道府県・指定都市の窓口(保健所など)で手続きを行います。自己負担上限額は所得に応じて決まります。加えて、医療保険の高額療養費制度も利用できます。小児期に発症した場合、小児慢性特定疾病の対象となるかどうかは病名や状態によって異なるため、主治医や自治体に確認してください。腫瘍による視野障害・視力障害が固定した場合は身体障害者手帳(視覚障害)の対象となる可能性があり、病状により日常生活や就労に著しい制限がある場合は障害年金の対象となり得ます。療養や就労・生活の悩みについては、各都道府県の難病相談支援センター、病院の医療ソーシャルワーカー(相談支援室)、ハローワークの難病患者就職サポーターなどに相談できます。
下垂体性TSH分泌亢進症に伴う心のケア・心理社会的支援
甲状腺ホルモンの過剰は、それ自体がイライラ、不安感、焦燥感、不眠、集中力低下などの精神症状を引き起こすことがあり、本人も家族も「性格が変わった」と感じることがあります。こうした症状の多くは甲状腺機能の改善とともに軽快しますが、治療中は無理をせず、周囲に病気の影響であることを理解してもらうことが大切です。また本症はまれな疾患で、バセドウ病として長く治療されていた、診断までに時間がかかったという経験から、医療への不信感や「なぜもっと早く分からなかったのか」という思いを抱える人もいます。脳の近くの手術を受けることへの不安、再発への心配、長期の通院やホルモン補充を続ける負担、視野障害による生活の変化なども心理的なストレスとなり、抑うつや適応障害につながることがあります。気分の落ち込みや不安が続く、眠れない、仕事や家事が手につかないといった状態が2週間以上続く場合は、遠慮せず主治医に伝えてください。必要に応じて心療内科・精神科、公認心理師などの専門家や、難病相談支援センター、患者会などのピアサポートにつなげてもらうことができます。一人で抱え込まず相談することが、治療を続けるうえでも重要です。
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下垂体性TSH分泌亢進症の受診の目安
- 動悸、体重減少、発汗、手のふるえなどの症状が続く場合は、内科・内分泌内科を受診してください。
- 甲状腺の検査で「ホルモンが高いのにTSHが下がっていない」と言われた場合は、内分泌専門医の評価を受けましょう。
- 視野が欠ける、物にぶつかりやすくなった、視力が急に落ちたと感じた場合は、早めに受診してください。
- 突然の激しい頭痛に視力低下、目の動きの異常、意識がもうろうとする症状を伴う場合は、下垂体卒中の可能性があり、ただちに救急受診してください。
- 脈が不規則で速い、息切れやむくみが強い、胸が苦しいといった症状がある場合は、すぐに医療機関を受診してください。
- 副腎ホルモン補充中に高熱、嘔吐、強いだるさ、意識の低下が見られる場合は、救急受診を検討してください。
下垂体性TSH分泌亢進症についてのよくある質問
Q. バセドウ病と言われて治療していますが、この病気の可能性はありますか?
A. バセドウ病ではTSHが強く低下するのが通常で、甲状腺ホルモンが高いのにTSHが正常〜高値の場合には本症や甲状腺ホルモン不応症などを考える必要があります。抗甲状腺薬で改善しない、TRAbが陰性といった場合は、検査結果をもとに主治医に相談し、必要に応じて内分泌専門医を紹介してもらうとよいでしょう。
Q. この病気は遺伝しますか?
A. 大部分は遺伝しない孤発性の腫瘍で、子どもに遺伝する可能性は通常低いと考えられています。ただし、まれに多発性内分泌腫瘍症などの遺伝性症候群の一部として発症することがあるため、若年発症や家族歴がある場合は主治医や遺伝カウンセリングで相談してください。
Q. 手術を受ければ完全に治りますか?
A. 腫瘍が小さく周囲に浸潤していない場合は、手術で寛解が得られる可能性が高いとされています。大きな腫瘍や浸潤のある腫瘍では取り切れないこともありますが、その場合でも薬物療法や放射線治療で甲状腺機能を管理できることが多く、治療後も再発確認のための定期検査が必要です。
Q. 甲状腺を手術で取ったりアイソトープ治療をしたりしてはいけないのですか?
A. 本症の原因は下垂体の腫瘍であり、甲状腺を取り除いても根本的な治療にはなりません。むしろ甲状腺ホルモンが下がることでTSH分泌が強まり、腫瘍が大きくなるおそれが指摘されているため、原則として下垂体腫瘍への治療が優先されます。個々の状況については専門医と相談してください。
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この記事について
最終更新: 2026-10-18。発行: 株式会社Medi Face。本ページは、MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター、各学会の診断基準・診療ガイドラインなどの公的・専門的情報を参照して作成した一般的な医学情報であり、診断・治療の代替ではありません。個別の診療は主治医・専門医にご相談ください。参考: MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター。記載内容に誤りや古い情報を見つけた場合はお問い合わせからお知らせください。