下垂体前葉機能低下症

Anterior Pituitary Hypofunction

下垂体前葉機能低下症(Anterior Pituitary Hypofunction)|下垂体前葉機能低下症は、脳の下にある下垂体前葉から分泌されるホルモン(副腎皮質刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、性腺刺激ホルモン、成長ホルモン、プロラクチン)のうち、一つまたは複数が不足する病気です。腫瘍、手術や放射線治療の後遺症、炎症、出産時の大出血、頭部外傷、先天的な異常など原因は多様で、小児から高齢者まで誰にでも起こり得ます。症状はだるさ、食欲低下、月経異常、低身長など目立たないものが多い一方、副腎皮質ホルモンの不足は命に関わる副腎クリーゼを起こすことがあり、正しい診断と生涯にわたるホルモン補充が重要です。

下垂体前葉機能低下症の要点

下垂体前葉機能低下症は、下垂体または視床下部の障害により、ACTH・TSH・性腺刺激ホルモン・成長ホルモンなど前葉ホルモンの分泌が低下する病気です。だるさや食欲低下、月経異常などがみられ、副腎皮質ホルモン不足は副腎クリーゼを起こすことがあり、ホルモン補充を要する指定難病です。

別名・略称下垂体機能低下症、下垂体前葉機能不全、Hypopituitarism、Anterior hypopituitarism
分野内分泌疾患
好発年齢小児から高齢者まで(原因により異なる)
主な症状だるさ、食欲低下、月経異常、低身長など
主な検査血中ホルモン測定、ホルモン分泌負荷試験、下垂体MRI
主な治療不足するホルモンの補充療法(生涯続くことが多い)
受診する主な診療科内分泌内科、小児では小児科(内分泌)

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下垂体前葉機能低下症とは

下垂体は、トルコ鞍と呼ばれる頭蓋底のくぼみに収まる小さな内分泌器官で、前葉と後葉に分かれます。前葉は視床下部から下垂体門脈を介して届く放出ホルモン・抑制ホルモンの調節を受け、ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)、TSH(甲状腺刺激ホルモン)、LH・FSH(ゴナドトロピン)、GH(成長ホルモン)、PRL(プロラクチン)を分泌し、副腎・甲状腺・性腺などの末梢内分泌腺や全身の代謝を制御しています。下垂体前葉機能低下症は、下垂体自体の障害(下垂体性)または視床下部の障害(視床下部性)によって、これらのホルモン分泌が持続的に低下した状態と定義されます。末梢の標的臓器そのものが障害される原発性(例:アジソン病、原発性甲状腺機能低下症)とは異なり、刺激ホルモンが不足することで標的臓器の機能が二次的に低下する点が特徴です。

病型としては、前葉ホルモンのすべてが欠損する汎下垂体機能低下症、複数が欠損する部分型、一つだけが欠損する単独欠損症(ACTH単独欠損症、TSH単独欠損症、ゴナドトロピン単独欠損症、GH単独欠損症など)に分けられます。わが国の指定難病(告示番号78)では、ゴナドトロピン分泌低下症、ACTH分泌低下症、TSH分泌低下症、GH分泌低下症、PRL分泌低下症などが包含され、厚生労働省の研究班(間脳下垂体機能障害に関する調査研究班)と日本内分泌学会により診断と治療の手引きが整備されています。歴史的には、分娩時大出血後の下垂体壊死(シーハン症候群)や下垂体腫瘍による報告から病態が理解され、近年は免疫チェックポイント阻害薬による下垂体炎、IgG4関連下垂体炎、抗PIT-1下垂体炎など免疫学的な原因が新たに注目されています。なお、本疾患は血小板減少や紫斑を主な症状とする血液疾患(特発性血小板減少性紫斑病など)とは全く別の疾患です。

下垂体前葉機能低下症の疫学・患者数

海外の住民ベースの調査では、有病率は人口10万人あたり数十人程度、年間発症率は10万人あたり数人程度と報告されていますが、軽症や未診断例が多いと考えられ、実際の頻度はこれより高い可能性があります。日本でも指定難病として多くの患者さんが医療費助成を受けており、内分泌疾患の中では比較的頻度の高い難病です。原因別には成人では下垂体腺腫(下垂体神経内分泌腫瘍)やその治療(手術・放射線)に伴うものが最も多く、頭蓋咽頭腫、ラトケ嚢胞、胚細胞腫瘍、下垂体炎などが続きます。発症年齢は原因により異なり、先天性・遺伝性の成長ホルモン分泌不全や複合型下垂体ホルモン欠損症は乳幼児期から学童期に低身長や低血糖で見つかることが多い一方、腫瘍性や後天性のものは成人期以降に多くみられます。性差は全体として明確ではありませんが、シーハン症候群やリンパ球性下垂体炎(妊娠・産褥期に好発)は女性に多く、ACTH単独欠損症は日本で比較的多く報告され、中高年に多い傾向があります。周産期医療の進歩によりシーハン症候群は減少した一方、がん免疫療法の普及に伴い免疫チェックポイント阻害薬による下垂体機能低下症は増加しています。

下垂体前葉機能低下症の原因・病態生理

原因は大きく、①腫瘍性(下垂体腺腫、頭蓋咽頭腫、ラトケ嚢胞、胚細胞腫瘍、髄膜腫、転移性腫瘍など)、②医原性(下垂体・脳腫瘍の手術、頭部への放射線照射)、③血管性(シーハン症候群、下垂体卒中、くも膜下出血後)、④炎症性・免疫性(リンパ球性下垂体炎、IgG4関連下垂体炎、免疫チェックポイント阻害薬関連下垂体炎、抗PIT-1下垂体炎)、⑤浸潤性・肉芽腫性(サルコイドーシス、ランゲルハンス細胞組織球症、結核など)、⑥外傷性(頭部外傷)、⑦先天性・遺伝性に分けられます。先天性では、下垂体の発生に関わる転写因子の遺伝子(PROP1、POU1F1〔PIT1〕、HESX1、LHX3、LHX4など)の変異による複合型下垂体ホルモン欠損症、TBX19(TPIT)変異による先天性ACTH単独欠損症、嗅覚障害を伴うゴナドトロピン欠損(カルマン症候群)などが知られ、遺伝形式は常染色体潜性(劣性)、顕性(優性)、X連鎖性など遺伝子により異なります。中隔視神経形成異常症や下垂体茎断裂症候群など形態異常を伴うものもあり、遺伝子異常が特定できない例も少なくありません。

腫瘍や嚢胞が大きくなると、下垂体組織を直接圧排するほか、下垂体茎を圧迫して視床下部からの調節ホルモンの供給(門脈血流)を妨げます。この場合、ホルモン分泌は一般にGH、ゴナドトロピン、TSH、ACTHの順に障害されやすいとされ、一方でPRLはドパミンによる抑制が解除されるため、むしろ軽度高値となることがあります(茎圧迫による高PRL血症)。シーハン症候群では、妊娠中に肥大した下垂体が分娩時の大量出血・ショックによって虚血壊死に陥ります。下垂体卒中は既存の腺腫内の出血・梗塞で急激に発症します。リンパ球性下垂体炎では自己免疫機序で下垂体にリンパ球が浸潤し、免疫チェックポイント阻害薬では抗CTLA-4抗体で下垂体腫大を伴う複合欠損が、抗PD-1/PD-L1抗体ではACTH単独欠損が多いと報告されています。抗PIT-1下垂体炎では、PIT-1を発現する細胞(GH・PRL・TSH産生細胞)が細胞傷害性T細胞により障害されると考えられ、胸腺腫や悪性腫瘍に伴う傍腫瘍症候群として報告されています。いずれの原因でも、刺激ホルモン不足により副腎皮質(コルチゾール)、甲状腺(甲状腺ホルモン)、性腺(エストロゲン・テストステロン)の機能が低下し、GH不足は成長障害や体組成・代謝異常を引き起こします。なお、副腎のアルドステロン分泌はレニン・アンジオテンシン系で主に調節されるため、下垂体性の副腎機能低下では原発性(アジソン病)と異なり高カリウム血症は通常みられません。

下垂体前葉機能低下症の症状

  • 全身倦怠感・易疲労感: ACTH不足によるコルチゾール低下、TSH不足による甲状腺機能低下、GH不足が重なり、強いだるさや気力低下を生じます。徐々に進むため加齢や疲れと誤解されやすい症状です。
  • 食欲不振・体重減少・吐き気: コルチゾール不足の代表的な症状で、消化器疾患と間違われることがあります。感染などを契機に急速に悪化することがあります。
  • 低血糖: コルチゾールとGHはともに血糖を上げる方向に働くため、両者の不足で空腹時や早朝に低血糖を起こしやすくなります。乳幼児では低血糖発作が診断の糸口になることがあります。
  • 低ナトリウム血症・意識障害: コルチゾール不足により抗利尿ホルモン(ADH)の分泌抑制が外れ、水分が貯留して低ナトリウム血症を来します。高齢者では意識障害やせん妄として発見されることもあります。
  • 低血圧・起立性めまい: コルチゾール不足により血管の反応性が低下し、立ちくらみや低血圧を生じます。重症化すると循環不全に至ります。
  • 寒がり・便秘・皮膚乾燥・むくみ: TSH不足による中枢性甲状腺機能低下症の症状です。原発性甲状腺機能低下症より軽いことが多いものの、思考の緩慢さや徐脈を伴うことがあります。
  • 月経異常・不妊・乳汁分泌不全: ゴナドトロピン不足により無月経や月経不順、不妊となります。シーハン症候群では産後に母乳が出ない、月経が再開しないことが特徴的です。
  • 性欲低下・勃起障害・体毛の減少: 男性ではテストステロン低下により性欲低下や勃起障害、筋力低下が起こり、男女とも腋毛・陰毛が薄くなります。思春期前の発症では二次性徴が遅れたり起こらなかったりします。
  • 皮膚の蒼白: ACTH(およびその関連ペプチド)の不足により皮膚の色素が薄くなり、蒼白でつやのない外観となります。皮膚が黒くなるアジソン病とは対照的です。
  • 小児の低身長・成長率低下: GH不足により身長の伸びが鈍り、成長曲線から徐々に外れていきます。新生児期には遷延性黄疸や小陰茎を伴うことがあります。
  • 成人GH分泌不全症の症状: 内臓脂肪の増加、筋肉量や骨密度の低下、脂質異常症、脂肪肝、活力や意欲の低下などQOLの低下として現れます。
  • 頭痛・視野障害: 原因が下垂体近傍の腫瘍の場合、頭痛や、視交叉の圧迫による両耳側半盲などの視野欠損・視力低下を伴うことがあります。突然の激しい頭痛と視力障害は下垂体卒中を疑う所見です。

下垂体前葉機能低下症の経過と合併症

経過は原因によって大きく異なります。腫瘍や放射線治療後では数か月から数年、ときには10年以上かけてゆっくりとホルモン欠損が増えていくことがあり、放射線治療後には長期にわたる定期的評価が必要です。一方、下垂体卒中、シーハン症候群、頭部外傷、免疫チェックポイント阻害薬関連下垂体炎などでは比較的急速に発症します。リンパ球性下垂体炎では自然軽快や治療による部分的回復がみられることがありますが、多くの病型では欠損したホルモンの分泌が回復することは少なく、生涯の補充療法が必要となります。先天性の場合は、乳児期にはGHやACTHの欠損が目立たず、成長とともに新たな欠損が明らかになることがあります(特にPROP1異常などでは経時的にACTH欠損が出現することが知られています)。症状が非特異的なため、診断まで長期間を要する例も少なくありません。

最も重大な合併症は副腎クリーゼ(急性副腎不全)で、感染症、発熱、嘔吐・下痢、外傷、手術、強い精神的ストレスなどでコルチゾール需要が急増した際に、ショック、低血糖、低ナトリウム血症、意識障害を来し、迅速な治療がなければ致死的となります。治療中の患者さんでも、体調不良時の増量を怠ると発症し得ます。慢性的な合併症としては、エストロゲン・テストステロン・GHの不足による骨粗鬆症と骨折、内臓脂肪蓄積・脂質異常症・脂肪肝などの代謝異常、心血管疾患リスクの上昇、不妊、筋力低下などがあります。また、過剰なグルココルチコイド補充は体重増加、耐糖能異常、骨粗鬆症の原因となるため、不足と過剰の双方に注意が必要です。後葉機能障害(ADH分泌低下症)を合併すると多尿・口渇が生じますが、副腎機能低下が併存していると尿崩症状が隠れ、副腎皮質ホルモン補充開始後に顕在化することがあります。

下垂体前葉機能低下症の診断・診断基準

診断は、①症状や一般検査所見からホルモン欠損を疑う、②血中のホルモン基礎値を測定する、③必要に応じて負荷試験で分泌予備能を評価する、④画像検査などで原因を明らかにする、という流れで進めます。前葉ホルモンの多くは日内変動やストレスの影響を受けるため、基礎値だけでは判断が難しく、刺激ホルモン(ACTH、TSH、LH・FSH)と標的ホルモン(コルチゾール、遊離T4、エストラジオール・テストステロン)を同時に測定し、標的ホルモンが低いのに刺激ホルモンが上昇していない、という組み合わせで下垂体・視床下部性の障害を判断することが基本です。一般検査では低ナトリウム血症、低血糖、好酸球増多、正球性貧血、高コレステロール血症が手がかりになります。指定難病としての認定には、研究班・学会による各ホルモン分泌低下症の診断基準を満たすことと、重症度分類での判定が必要です。副腎クリーゼが疑われる緊急時には、確定診断を待たず採血後ただちに副腎皮質ホルモンを投与します。

  • ホルモン基礎値の測定: 早朝空腹時のACTHとコルチゾール、TSHと遊離T4、LH・FSHと性ホルモン、GHとIGF-1、PRLを同時に測定します。中枢性甲状腺機能低下症ではTSHが正常範囲にとどまることも多く、遊離T4の低値が重要です。
  • CRH負荷試験・迅速ACTH負荷試験: CRH負荷でACTH・コルチゾールの反応が乏しければ下垂体性ACTH分泌低下を示唆します。迅速ACTH負荷試験は長期のACTH欠乏による副腎萎縮の評価に有用ですが、発症直後では正常反応を示すことがあります。
  • インスリン低血糖試験: インスリンで低血糖を起こしGHとACTH・コルチゾールの反応を同時にみる標準的検査です。けいれんや心疾患のある方、高齢者では危険を伴うため、適応を慎重に判断し専門施設で行います。
  • GH分泌刺激試験(GHRP-2、アルギニン、グルカゴン等): 成人GH分泌不全症ではGHRP-2負荷試験が日本で広く用いられ、小児では複数の刺激試験の結果を組み合わせて判断します。IGF-1低値も参考になりますが、正常値でも欠損を否定できません。
  • TRH負荷試験・LHRH(GnRH)負荷試験: TSH、PRL、LH・FSHの分泌予備能をみる検査で、反応パターンから下垂体性か視床下部性かの推定に役立つことがあります。
  • 下垂体MRI(造影を含む): 腫瘍、嚢胞、下垂体腫大(下垂体炎)、下垂体茎の肥厚や断裂、トルコ鞍空洞(エンプティセラ)、後葉の高信号の有無などを評価し、原因診断の中心となります。
  • 視野・視力検査: 鞍上部に進展する病変では両耳側半盲などを確認し、手術適応や緊急性の判断に用います。
  • 原因検索のための検査: IgG4、可溶性IL-2受容体やACE(サルコイドーシス)、腫瘍マーカー、必要に応じて生検、免疫チェックポイント阻害薬の使用歴、分娩歴や頭部外傷歴を確認します。先天性では遺伝学的検査が検討されることがあります。
  • 一般血液・尿検査と尿量評価: 低ナトリウム血症、低血糖、好酸球増多、貧血、脂質異常などを確認し、多尿があれば後葉機能(ADH分泌低下症)の合併を評価します。

下垂体前葉機能低下症と鑑別すべき疾患

  • アジソン病(原発性副腎皮質機能低下症): ACTHが高値で皮膚の色素沈着や高カリウム血症を伴う点が、ACTH低値で皮膚蒼白の下垂体性と異なります。
  • 原発性甲状腺機能低下症(橋本病など): TSHが上昇する点で、TSHが低値~正常にとどまる中枢性甲状腺機能低下症と区別されます。
  • ステロイド薬中止後の副腎抑制: 長期のグルココルチコイド(内服・注射・吸入・関節内注射など)使用歴があり、ACTH・コルチゾールの低値が薬剤による一時的抑制である可能性を考慮します。
  • 神経性やせ症・機能性視床下部性無月経: 体重減少、過度の運動、心理的ストレスによるゴナドトロピン低下で、栄養状態の改善により回復し得る点が鑑別点です。
  • 原発性性腺機能低下症(早発卵巣不全、クラインフェルター症候群、閉経など): LH・FSHが高値となる点で、ゴナドトロピンが低値~正常の下垂体性と区別されます。
  • SIADH・うつ病・慢性疲労: 低ナトリウム血症や倦怠感・意欲低下を呈しますが、コルチゾールや甲状腺ホルモンの評価により副腎・甲状腺機能低下を除外することが重要です。

下垂体前葉機能低下症の治療

治療の柱は、①原因疾患への対応と、②不足したホルモンの補充療法です。腫瘍などがあれば手術・放射線治療・薬物療法を検討し、下垂体炎ではステロイド治療が選択されることがあります。補充療法は、多くの場合「下垂体から出るホルモン」ではなく「標的臓器が作るホルモン」(コルチゾール、甲状腺ホルモン、性ホルモン)を補う方法で、GHは直接補充します。最も優先度が高いのはACTH欠損に対する副腎皮質ホルモン補充で、ACTHとTSHが同時に欠損している場合は、必ず副腎皮質ホルモンを先に開始し、その後に甲状腺ホルモンを開始します(甲状腺ホルモンを先行させるとコルチゾール代謝が亢進し副腎クリーゼを誘発するおそれがあるため)。中枢性甲状腺機能低下症ではTSHが指標にならないため遊離T4で用量を調整します。投与量は年齢、体格、生活状況、併用薬(経口エストロゲンやGHは他のホルモンの必要量に影響します)を踏まえて個別に決められるため、自己判断での増減や中止は避け、内分泌専門医と相談しながら調整することが大切です。

  • 副腎皮質ホルモン補充(ヒドロコルチゾール): 生理的なコルチゾール分泌を模して少量を1日2~3回に分けて内服し、症状、体重、血圧、血糖などで過不足を評価します。過剰投与は肥満、糖尿病、骨粗鬆症の原因となるため、必要最小限の量にとどめます。
  • シックデイ・ルールとストレス時の増量: 発熱や感染、抜歯・手術などの際は主治医の指示に従い一時的に内服量を増やし、嘔吐で内服できない場合は医療機関で注射を受けます。日頃から対応方法を確認しておくことが副腎クリーゼ予防の要です。
  • 副腎クリーゼの救急治療: ヒドロコルチゾールの静脈内投与、生理食塩水などによる大量輸液、ブドウ糖投与を行い、誘因(感染など)の治療を並行します。低ナトリウム血症は急速補正による浸透圧性脱髄を避けるよう慎重に管理します。
  • 甲状腺ホルモン補充(レボチロキシン): 副腎機能を確認・補充したうえで少量から開始し、遊離T4が基準範囲の中~上部を目安に調整します。高齢者や心疾患のある方ではより少量から慎重に増量します。
  • 性ホルモン補充: 女性ではエストロゲンと黄体ホルモンの周期的投与(カウフマン療法など)、男性ではテストステロン製剤の注射などにより、二次性徴の維持、骨量や筋力の保持、性機能の改善を図ります。小児では思春期誘導として少量から段階的に行います。
  • 妊孕性(不妊)治療: 挙児希望がある場合、男性ではhCGとFSH製剤による精子形成誘導、女性ではゴナドトロピン製剤による排卵誘発などが行われます。視床下部性ではGnRHの間欠投与が選択肢となることがあり、生殖医療専門施設との連携が重要です。
  • 成長ホルモン補充療法: 小児のGH分泌不全性低身長症では成長促進を目的に、成人の重症GH分泌不全症では体組成、脂質代謝、骨密度、QOLの改善を目的に、基準を満たす場合に皮下注射で行います。毎日注射する製剤に加えて週1回の持続型製剤も使用可能となっており、活動性の悪性腫瘍がある場合は原則として行いません。
  • 原因疾患の治療: 下垂体腺腫や頭蓋咽頭腫などには経蝶形骨洞手術や開頭手術、放射線治療、腫瘍の種類によっては薬物療法が行われます。手術により圧迫が解除され一部のホルモン分泌が回復することもある一方、術後に新たな欠損が生じることもあり、周術期の副腎皮質ホルモン管理が不可欠です。
  • 下垂体炎に対する治療: リンパ球性下垂体炎やIgG4関連下垂体炎では、圧迫症状が強い場合などにステロイドの大量投与が検討されます。免疫チェックポイント阻害薬関連では、主にホルモン補充を行いながら腫瘍科と連携してがん治療の継続を検討します。

下垂体前葉機能低下症の予後・長期フォロー

過去の海外疫学研究では、下垂体機能低下症の患者さんは一般人口に比べて死亡率が高いと報告され、その要因として心血管疾患、呼吸器疾患、副腎クリーゼ、未治療のGH欠損、過剰なグルココルチコイド補充などが指摘されています。一方、適切なホルモン補充とシックデイ対策が行われていれば、多くの患者さんは就学、就労、結婚、出産を含めほぼ通常に近い社会生活を送ることが可能です。ただし、補充療法を受けていても疲れやすさや意欲低下などのQOL低下が残る例があること、副腎クリーゼは診断後にも起こり得ることが知られています。生命予後や機能予後は原因疾患にも左右され、頭蓋咽頭腫など視床下部に及ぶ病変では肥満、体温調節障害、睡眠障害、認知機能の問題を伴い、より包括的な管理が必要になります。

長期フォローアップでは、定期的な診察と血液検査により各補充療法の過不足を評価します(ヒドロコルチゾールは症状や体重・血圧・血糖、レボチロキシンは遊離T4、GHはIGF-1、性ホルモンは症状や血中濃度などを指標とします)。骨密度測定、脂質・血糖の評価、心血管リスク管理も欠かせません。腫瘍や放射線治療が原因の場合は、MRIによる再発監視と、年余にわたる新たなホルモン欠損の出現への注意が必要です。小児では成長曲線と骨年齢、思春期の進行を評価し、成人期への移行(トランジション)にあたっては、GH分泌の再評価を行ったうえで小児科から成人内分泌科へ切れ目なく引き継ぐことが重要です。妊娠時にはホルモン必要量が変化するため、内分泌科と産科が連携して管理します。

下垂体前葉機能低下症の日常生活の注意点と公的支援(医療費助成)

副腎皮質ホルモンを補充している方は、毎日決まった時間に内服し、自己判断で中断しないことが最も重要です。発熱、嘔吐・下痢、けが、抜歯、手術などの際の増量方法(シックデイ・ルール)を主治医とあらかじめ確認し、予備の薬を常に携帯しましょう。外出時や旅行時には病名と服薬内容、緊急時の対応を記した緊急カード(ステロイドカード)を持ち、救急搬送時に医療者へ確実に伝わるようにしておきます。手術や検査、他科受診の際も必ず病名と治療内容を伝えてください。感染症は副腎クリーゼの最大の誘因であるため、手洗いや予防接種(主治医と相談のうえ)で予防に努めます。骨の健康のためにカルシウムやビタミンDを含むバランスのよい食事、適度な運動、禁煙を心がけ、体重や血圧の管理も大切です。GHの自己注射を行う場合は、注射手技や保管方法を確認します。妊娠を希望する場合や妊娠が判明した場合は、早めに主治医に相談してください。家族にも病気と緊急時の対応(内服できないときはすぐに受診する等)を理解してもらうことが安心につながります。先天性・遺伝性が疑われる場合には、次子の再発率や家族への影響について、臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーによる遺伝カウンセリングを受けることができます。

利用できる制度・相談窓口

下垂体前葉機能低下症は指定難病(告示番号78)であり、診断基準を満たし重症度分類で一定以上と判定された場合、または軽症でも高額な医療費が継続する場合(軽症高額該当)には、難病医療費助成制度により自己負担上限額が所得に応じて設定されます。申請は都道府県・指定都市の窓口(保健所など)で行い、難病指定医による臨床調査個人票が必要です。18歳未満(継続の場合は20歳未満まで)では、小児慢性特定疾病医療費助成制度の対象となる疾病(下垂体機能低下症、成長ホルモン分泌不全性低身長症など)があり、GH治療についても所定の基準があります。そのほか、高額療養費制度、障害者総合支援法に基づく障害福祉サービス(指定難病の方は対象)、症状により日常生活や就労に著しい支障がある場合の障害年金の申請が考えられます。療養生活や就労の相談は各都道府県の難病相談支援センター、保健所の保健師、医療機関の医療ソーシャルワーカー、ハローワークの難病患者就職サポーターなどが窓口となります。制度の対象や手続きは個々の状況により異なるため、主治医や窓口で確認してください。

下垂体前葉機能低下症に伴う心のケア・心理社会的支援

生涯にわたる服薬と定期通院、副腎クリーゼへの不安、外見や体型の変化、不妊や二次性徴の問題などは、大きな心理的負担となり得ます。慢性疾患をもつ方には抑うつや不安、適応障害がしばしばみられますが、本疾患ではそれに加え、コルチゾールや甲状腺ホルモン、性ホルモン、GHの不足や補充量の過不足そのものが気分の落ち込み、意欲低下、不眠、集中力低下を引き起こすことがあり、心の問題とホルモンの問題が区別しにくい点が特徴です。見た目では分かりにくい病気のため、疲れやすさを周囲に理解されず「怠けている」と誤解され、職場や学校で孤立感を抱くこともあります。小児・思春期では低身長や思春期の遅れ、毎日の注射による自己肯定感の低下、成人期移行時の自己管理への戸惑いが課題となり、シーハン症候群では産後の育児と体調不良が重なり産後うつとの見分けが重要です。気持ちのつらさは我慢せず主治医に伝えてください。ホルモン補充の調整で改善する場合もあり、必要に応じて心療内科・精神科、臨床心理士、患者会やピアサポートにつながることが助けになります。

Medi Faceでは、慢性疾患に伴うこころの不調についてのオンライン相談も行っています。お問い合わせはこちら。

下垂体前葉機能低下症の受診の目安

  • 発熱、嘔吐、下痢などで副腎皮質ホルモンが内服できない、または増量しても強いだるさ・ふらつきが続く場合は、ただちに医療機関を受診してください。
  • 意識がもうろうとする、血圧が下がって立てない、冷や汗や手の震えなど低血糖の症状がある場合は、副腎クリーゼの可能性があり救急車を要請してください。
  • 突然の激しい頭痛に視力低下や視野の欠け、物が二重に見える症状を伴う場合は、下垂体卒中の可能性があるため救急受診してください。
  • 原因のはっきりしない倦怠感、食欲不振、体重減少、低ナトリウム血症を指摘された場合は、内科・内分泌内科で下垂体や副腎の機能を調べてもらいましょう。
  • 出産後に母乳が出ない、月経が再開しない、または無月経や性欲低下、体毛の減少が続く場合は受診を検討してください。
  • 免疫チェックポイント阻害薬による治療中・治療後に、だるさ、食欲低下、頭痛などが現れた場合は、速やかに担当医へ連絡してください。

下垂体前葉機能低下症についてのよくある質問

Q. ホルモン補充療法は一生続ける必要がありますか?

A. 多くの場合、欠損したホルモンの分泌は回復しにくいため、生涯にわたる補充が必要です。ただし下垂体炎や腫瘍の手術後などでは機能が一部回復することもあり、定期的な再評価で補充の継続や減量が判断されます。自己判断での中止は危険なため、必ず主治医と相談してください。

Q. 副腎皮質ホルモン(ステロイド)を飲み続けると副作用が心配です。

A. 本疾患での補充は、体が本来作る量を補う生理的な用量であり、膠原病などで用いる大量療法とは目的も量も異なります。過剰にならないよう体重や血圧、血糖などを見ながら調整しますので、不安があれば主治医に相談しましょう。不足のほうが命に関わる危険が大きいことも知っておいてください。

Q. 妊娠・出産はできますか?

A. ゴナドトロピン欠損があっても、ホルモン製剤による排卵誘発や精子形成誘導で妊娠が可能となる場合があります。妊娠中はホルモン必要量が変わるため、内分泌科と産科の連携のもとで管理することが大切です。挙児希望がある場合は早めに主治医に伝えてください。

Q. 子どもや家族に遺伝しますか?

A. 腫瘍、手術・放射線治療、出産時の出血、下垂体炎など後天的な原因によるものは遺伝しません。一方、先天性の一部は遺伝子の変異が関与し、遺伝形式は原因遺伝子によって異なります。心配な場合は遺伝カウンセリングで個別に相談できます。

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最終更新: 2026-10-18。発行: 株式会社Medi Face。本ページは、MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター、各学会の診断基準・診療ガイドラインなどの公的・専門的情報を参照して作成した一般的な医学情報であり、診断・治療の代替ではありません。個別の診療は主治医・専門医にご相談ください。参考: MSDマニュアル プロフェッショナル版、難病情報センター。記載内容に誤りや古い情報を見つけた場合はお問い合わせからお知らせください。